研究と報告105 原発ゼロ、自然を資源にした循環型社会は可能だ
原発ゼロ、自然を資源にした循環型社会は可能だ
-ドイツ・フライブルクを訪れて-
林 克(「原発をなくす静岡の会」代表委員・静岡自治労連委員長)
静岡において原発をなくす活動をしている「原発をなくす静岡の会」は、昨年再生可能エネルギーを学ぶドイツセミナーの呼びかけをしました。浜岡原発の廃炉を求める署名を行っていて、いちばん多く聞かれる疑問は、「電気だいじょうぶ?」ということです。それなら原発ゼロを決め、再生可能エネルギーでやっていく決断をしたドイツに学びに行こうというのがそもそもの動機です。
県下の運動している人たちに参加を呼び掛けたのですが、実際に地域の再生可能なエネルギーを進めている市民団体からも4人のメンバーが参加してくれました。運動団体と、事業系の市民団体、計17名の構成です。
視察地フライブルク(資料:グーグル地図)
9月の終わりからドイツのフライブルクという街に行ったのですが、地図で「A」とあるところです。タテの線がドイツとフランスの国境です。左側のコルマールと書いてある側がフランスです。下のバーゼルというところで黒い線がありますが、ここはドイツとスイスとフランスの国境です。
3つの国に分かれるところで、ちょうどフランスとドイツの国境にはライン川が流れており、ドイツの一番南西部にある街フライブルク、「環境首都」とも言われていますが、ここへ行きました。ここはかつて反原発闘争が盛んだったところで、今ドイツにおいて環境全般の先進地になっています。
『100%再生可能へ!欧州のエネルギー自立地帯』という本がありますが、この本の筆者は、ドイツやスイスに住んでいる村上敦さん、池田憲昭さん、滝川薫さんという環境ジャーナリストです。この3名に講師としていろいろ教えていただきました。特に村上さんは全行程をアレンジ・参加して、私たちと同じ釜の飯を食べました。
繁華な地方都市フライブルク
フライブルクはたいへん賑やかな街です。人々が集まる中心部は専門店が軒を連ね、8系統の市電が行き交っている街です。どんな大都市かと思ったら人口は22万人と聞いてびっくりしました。22万人というのは静岡県では沼津市とか、旧清水市などですが、そうした県内の同じ規模の都市と比べると繁華街のにぎわいは歴然としています。フライブルクという街は、人が街の真ん中に集まってくる街で、「なぜこんなに賑やかなの」と質問をすると、何人かの人が「地域の資源は地域で使っているから」「地域のお金は地域で使っているから」という回答されたのは非常に印象的でした。
循環型社会の繁栄
最初に行ったところは地元の人が行く小さなビアホールで、ここで一行と講師の自己紹介をしたのですが、小さなビアホールでもちゃんとタンクがあってビールをつくっている。そして出てきた料理は、近郊の畜産品を使い自分のところで薫製をしたものだというのですね。パンも自分で焼いている。これが最初の一撃で、地域のものを地域で使うという、そういう経済がこのフライブルク街に根付いているのが印象に残りました。
ヨーロッパにおいて、いままで食料・農業については地域循環、そしてローカル経済で回していましたが、ここに急速にエネルギーが参入してきている。これまでエネルギーは海外から原材料を買うという意味でグローバル経済だったものです。
逆に日本などは、エネルギー消費によって富がその地域から流出している。講師の村上さんからレクチャーを受けたのですが、日本においては、簡易な計算によると約一世帯あたり年間30万円のエネルギー支出をするという。ひるがえって静岡県では、どのくらいの富が、ウラニウム、石油だとかという一次エネルギーの形で県外・海外に出ているのかという計算式を教えてもらい、自分で計算した結果、静岡県だけで年間約8757億円の富が県外、海外に出ているということが分かりました。
その意味でいうと、今回の視察の中心テーマであるエネルギー自立ということを経済的な面で見るならば「この8757億円の流出をいかに最小化するか」ということです。「地域から出る富を最小化して、自分たちの地域でつくったエネルギーを地域で使えば、雇用の発生と経済波及効果による地域経済の活性化が起こる」ということが推進動機であることが確認できました。
自治体に発生する純利益2MW風力(6000万円の投資で3億4千万円地元に落ちる)
たとえば、自治体内に6000万円の風力発電を設置したとすると、もしその設計計画工事を自治体内の企業が受注したとすれば、1600万円で受注し、それが地元に落ちる。そして管理メンテナンスを自治体内の企業から受けたとしたら、9400万円が落ちる。だいたいドイツでは風車は個人出資です。静岡で太陽光を市民ファンドでやっていますが、所有者は100人、200人の単位でいる。そうすると配当金という形で地元に落ちる。その意味では3億4千万円が地元に落ちていくことになる、それによってドイツでは地域にお金が落ちて雇用の拡大が生まれています。
再生可能エネルギーで雇用拡大
資料:表1「世界の再生可能エネルギー関係雇用」──右側は世界全体ですが、再生可能エネルギーが増えれば雇用が増加しているということで、ドイツでは電気事業者が再生可能エネルギーに投資し、事業が拡大する中でそこに雇用されている人が2004年に16万人だったのに対し、2010年には37万人、現在では40万人を超しています。ドイツで最も大きな産業体である自動車産業は70万人ですが、それに着々と近づいてきているといえます。それに対して原発は3万6千人しか雇用がないということで言えば、再生可能エネルギーの雇用の拡大は、地域の経済にとって非常に大きいのではないでしょうか。
エネルギー消費を減らして経済成長をはかる
資料:次にドイツは、一次エネルギー、温室効果ガスを減らしながら成長している実態を見てみましょう。下のグラフは右が日本で左がドイツです。赤い線が実質GDP、ブルーが石油などの一次エネルギー、そして緑が温室効果ガスです。日本の場合、GDPと一次エネルギーそして温室効果ガスは平行になって上がり下がりしている。ところがドイツはGDPがずっと伸びているけども、一次エネルギーや温室効果ガスはかえって減っているのがわかると思います。その意味ではエネルギーの消費を減らして経済成長をするということをドイツの例からしても可能であることが言えるのではないでしょうか。
ドイツで進むエネルギー・シフト
これは「ドイツの戦略」という文書で示されている政府の計画です。左側はグリーンが再生可能エネルギー、オレンジが原発・化石エネルギーでの発電比率です。1990年から2050年ということでいま現在は2009-2020の間ですが、2013年の予想がちょうどその真ん中ぐらいの25%まで再生可能エネルギーがきている。2030年には50%、2050年には80%になるという計画を立てています。それと同時に、一次エネルギー(下図)の消費を減らして、2050年までには半分にまで減らしていくという計画です。その意味でいうと再生可能エネルギーで発電するのと、省エネをしていくのがセットに計画をされているということが分かります。よくエネルギー・シフトという言葉を使いますが、エネルギーの構成比率を変えていくと同時に、エネルギーの消費自体を減らしているという意味があると思います。ドイツではエネルギー・シフトといわないで、エネルギーベンデ、ベンネというのはドイツ語で革命であるとか根本的に変えるという意味しています。
エネルギー・シフトの内容
エネルギー・シフトの内容は、次の3つにわたっています。①省エネルギーの政策。これは家庭やオフィス等でのエネルギー消費の削減。②エネルギーの高効率化対策。たとえば熱供給と発電をセットで行うということ、これは後で具体例を出したいと思います。そして最後に③再生可能エネルギーの推進。「順番としては①②③」と言われた。私たちは再生可能エネルギーという頭ばかりがあったのですが、この3つが揃ってはじめてエネルギー・シフト、エネルギーベンデということをドイツでは言う。とくに①の省エネについては最初にやらなければならない課題だと強調されていました。こうした課題をドイツにおいては中央集権的な計画でやるのではなく、自治体を媒介としたきわめて分権的なやり方、「エネルギー自立地域」というものでやられていることに特徴があります。
エネルギー自立地域とは
90年代、「エネルギー自立地域」というのは農村地帯ではじまったというのがそもそもの出発点だということです。フライブルクは反原発運動が盛んと言いましたが、フライブルクの15キロ離れたところにヴィールというところがありますが、1975年にヴィール原発をつくるというときに、学生や農民が建設予定地に座り込んで阻止した歴史があります。その時期から「反原発運動がだんだんと対案を出すという運動に変わっていき、省エネや再生可能エネルギーが注目されてきた」ということを言われています。
それでは「エネルギー自立地域」というのはどういうことなのか。教科書的な定義はないが、広く言われているのは1年間、地域内で消費されるエネルギー量と、地域内で生産される量とが同じである地域であることをさすといわれています。自治体や自治体連合、郡などが、前項の目的を達成するための一定の施策を組み合わせたエネルギー自立計画をつくって、「エネルギー自立地域」をめざすという自治体の運動としてあります。自立の対象としては、家庭と産業、電気、熱、交通のエネルギーの消費、かなり多面的に施策を遂行していきます。
これはドイツの地図ですが、濃いグリーンは100%エネルギー自立地域で、薄いグリーンが100%に手を届くところということです。私たちが視察に行ったフライブルクは薄いグリーンですが、まわりに濃いグリーンがありました。
いま、意識の高い南ドイツから出発したのですが、旧東ドイツであるとか、北ドイツの人口がどんどん減っている過疎地帯で、この「エネルギー自立地域」の運動が進んできています。
エネルギー・シフトにおける自治体の役割
先ほど自治体ごとにエネルギー自立計画をつくるといいましたが、再生可能エネルギーの普及という面で、自治体の役割がすごく大きいと思います。「エネルギー自立計画」は、それによってエネルギー自立地域を何年までにどうするのか、どのような施策を組み合わせるのか、住民の参加はどうするのかなど、ある程度の中期的な展望をもって計画をつくる。そして、住民ができるだけ参加しやすい協同組合が設立できるように援助をしていく。その一方、外部の大企業を極力入れない。お金が足りなかったときには少し投資をしてもらう場合もあるということは言っていましたが、できるだけ地域のものは地域に還元するという姿勢でやっていく。
協同組合に自治体が加わると非常に信用が高まり、お金の調達などがやりやすい。その意味でドイツにおいては非常に自治体の役割が大きいといえます。
民営化から自治体へ
90年代くらいからドイツにおいても新自由主義が吹き荒れていて、自由化などにともなって、自治体が持っていた電力会社などが民間会社に譲渡されるということがありました。しかしエネルギー・シフトを進めていく上で、民間企業であると施策展開がやりにくいなどの理由により、自治体に戻される動きがでてきました。2013年9月に、第2の都市のハンブルグが住民投票によって民間企業からハンブルク市へエネルギー運営権を買い戻すということになりました。いまベルリンがそれをやろうとしており、全国的に電力に関して、「民営化から自治体へ」という流れが強まっています。
具体的に見てみよう
① 省エネルギーの推進
まずドイツでは省エネをどのようにしているかということです。もちろん住民の意識を高めて実施しているという面があります。それと同時に経済誘導策、景気浮揚策として実施し、その目玉が省エネリフォームです。日本では景気政策の中心は、新築住宅をつくる際の優遇税制などが中心です。それに対してドイツは省エネリフォーム政策だそうです。90年代前半まではドイツでも新築住宅をつくる場合、政府による誘導策がされていて、毎年50万戸の新築住宅がつくられていた。ところがドイツでは人口が減りだして、そうなると住宅が余ってくるために優遇政策は一切打ち止めになった。現在、新築住宅をつくる戸数というのは、15万戸から17万戸に減ってきている。
そのかわりに省エネリフォームという施策が連邦補助金などを使い実施されてきた。80年代以前の燃費の悪い建物を、住宅リフォーム(屋根裏断熱、窓・ドアなどの開口部の取り換え、壁・床断熱など)すると400万円ぐらいの出費で、燃料費の50~80%が削減できるということです。かけた経費より節約される燃料代が十数年で上回ることになるリフォームです。このリフォームに対して補助金や無利子の融資をするという施策が行われていて、毎年40万戸から50万戸の住宅の省エネリフォームが行われる。
この政策転換によって、より地域にお金が落ちる結果になります。新築住宅の場合は、大手のディベロッパーが仕事を受けるのですが、省エネリフォームだと地域の工務店が受けて、地域にお金が落ちる施策になっています。その面でも都市の商工業者層に支持を受ける施策となっています。
フライブルク市の住宅政策
具体的にその省エネ改修を見てみましょう。これはフライブルク市の住宅改修の現場です。
写真の中でやぐらが組まれて外壁に貼られているのは発泡スチロールです。発泡スチロールは断熱性が相当あるので、窓やドアを二重から三重に換えて遮熱性を高めている。ガラスとガラスの間にガスが入る構造になっていて、日本ではたいへん高価なものらしいですが、ドイツではこの改修の普及によって価格が相当下がってきている。そうなるとエネルギー消費が8割ぐらい落ちることになります。先ほど日本においてはエネルギーの支出として、大体1人あたり年間30万円使うと言いましたが、これでかなりの節約ができる。そして社会全体のエネルギー消費についても節約ができることになります。
まず公共施設・公営住宅の改修
フライブルク市では、まず市営住宅からはじめていって、70年代に建設された15階とか、20階建ての市営住宅を、いま大幅に改修をしています。ドイツの自治体は、かなり都市計画の権限をもっていて、それをフルに使っている。
実際にボーヴァンという地区でまちづくりを見に行きました。第二次世界大戦後、ドイツは連合軍によって4分割され、バーデン・ビュルテンベルク州というのはフランス軍が進駐をしていたところです。ここは冷戦が終わり、そこの市の南側にフランスの基地があったわけですが、返却されることになった。そして約6千人が住む住宅地に再開発したということです。先ほど言った省エネ改修ではなく、新築時からたいへんな低エネルギー住宅として建設しました。中にはものすごい断熱で冬でも全く暖房を使う必要がないという意味で、エネルギーを使わず、屋根の上に太陽光のパネルを乗せて逆にエネルギーを生み出す「プラスエネルギー住宅」ができている。この町は街づくりの住民参加という点でも見るべきものがあるのですが、省エネ政策として都市計画されている典型と言えるのではないでしょうか。
移動は公共交通機関
省エネという点で、印象に残ったのはまだあります。6千人ぐらいの街なので、市電を引き込んで3つぐらいの電停がある。車も使えるのですが、車は各戸には置かずに集中した駐車場を用意し、駐車場までは自宅から10分かかるということです。一方、自宅から市電の電停までは5分でいけるようにしており、市電に乗れば都心まで15分ぐらいでいける。その意味では公共交通機関を優先して使うようなまちづくり、都市計画と一体として整備をされている。
フライブルクというのは、交通政策の点でも世界各地から視察がくるほど先進的な施策が展開されているところです。交通政策もエネルギー政策の1つとして、ガソリンを使わない、脱化石という意味合いでこれを推し進めている。中心街の一定のゾーンは自動車が入ることが禁止され、市電と歩く人と自転車だけです。市民の交通手段で、市内の中での移動手段は、第1位が自転車です。自転車道が写真でも見えますが、市内の自転車道の総延長は420キロ、自動車は500キロということを見ても、自動車道に匹敵するほど縦横に張りめぐらされ、自転車が本当に便利に使えるようになっている。第2位が公共交通機関である市電とバスです。中心街区は市電、郊外はバスと住み分けられています。自動車はなんと第3位で、日本の都市からすれば考えられない順ではないでしょうか。
日本においては、自動車のスピードに合わせて通り抜けられるように信号機が赤から青へ、青から赤へと変わることになる。フライブルクではそうではなくて、自転車が15キロ程度の速度で通り抜けられるように信号機がセットされている。市内で移動しようとしたら車は信号機でたくさん止まるけど、自転車はスッと走れるようになっているという説明でした。たいへん自転車が便利にできている街です。
市民が市電、バスの停留所まで歩いて5分で行けるということを、市としては目標にして停留所を設置しているということです。ですから22万の都市でも、市電の系統が8系統もあって、郊外にも延びているし、郊外に行くと専用軌道をスピードを出して速く走る。私たちは市内をあちこち移動するのに、市電をかなり利用しましたが、たいへん便利だと感じました。自動車によるガソリンの消費ということが、かなり抑えられるという意味で、省エネ政策が徹底しているのではないでしょうか。
エネルギーの高効率利用
次にエネルギーの高効率利用です。これはまだまだ日本においてはなじみがないことではないかと思います。
下にある写真ですが、これは先ほどの市営住宅のそばにある地域暖房の施設です。ヨーロッパの街やドイツの街では、水道管であるとか、電線であるとかと同じように、地域暖房というものが地下の管(ジャバラ)を通りお湯が流れていて、各家庭はお湯を通して暖房をしている。そしてそのお湯を家庭で利用できるようにしている。小学校区に1つみたいな感じで、フライブルク市には地域暖房の施設があります。燃料については、天然ガスだとか、木質バイオマスとかいろいろですが、管が地下を走ることによって地域で集中して暖を得ています。
いまこれらの施設で熱供給とともに、そこで発電所をつくっている。お湯を生み出すということは、沸騰させてタービンまわして、発電させるということが可能で、お湯の熱供給と同時に、そこの地域の電力もまかなう。一石二鳥という形での取り組みがやられている。地域暖房だけではなく、都心部のビルなどにおいてもボイラーが地下にありますが、同じようにコージェネで、熱供給と発電が同時にやられています。
フライアムト村のバイオマス・コージェネ
次は、農村地帯のコージェネを見てみましょう。
フライブルクの郊外で大体バスで30分ぐらいのところにあるフライアムト村は、100%エネルギー自立地域です。これはラインボルトさん宅の農家です。この写真に写っている体格のいい方は、シュルツさんといって、2011年の反原発福島集会に来て発言された方です。案内してくれた池田さんが言われるには、かつてフライブルク大学の学生さんで反原発活動家だったらしいですが、長髪でスマートですごく格好良くて女性にもてたようですが、現在はぽっちゃりした白髪のおじさんです。左から二番目の女性がラインボルトさんで、シュルツさんや私たちが着くなり、「今日は早く来たわね。いつもおしゃべりだから必ず遅くなるんだから」と冗談半分に言いました。反原発の活動してきた人たちが保守的な農家に入って再生可能エネルギーについていろいろとコーディネートしているということが印象に残りました。
ラインボルト家はこれまで牛200~300頭を牧草などで飼育し家畜用のトウモロコシをつくっていたのを、牛を全部売ってバイオマスの施設に換えたということでした。ラインボルトさんは「昔は300頭牛を飼っていたのが、今は数億匹の微生物を飼っている」と冗談を言っていましたが、かつてと同じ感覚をもっているのも面白いと思います。牛を飼っていた時と同じように牧草と穀物をつくり、他の農家からもらった糞尿を混ぜてメタンガスを発生させてボイラーで熱にする。それでタービンを回して発電している。同時に熱供給もしていくということです。
発電が年間100万キロワット、買取価格10ユーロセントで、年間10万ユーロのお金になるということです。余熱でこの配管で近所17世帯の暖房とお湯の供給をして、学校やスポーツ施設と契約し温水を提供している。数千万円の投資で大体13年から15年で元がとれるということでした。こうしたコージェネの再生可能エネルギーが農家、農村地帯にお金をどんどん落としていくという役割をしています。
スイス・メリヒナウ村の木質バイオマス地域暖房
次にこれはスイス・メリヒナウ村の木質バイオマスによるコージェネ、地域暖房です。この方は、ブッペンターラーさんといってチーズ組合の理事長さんで、組合の中の何人かで出資してこれをつくった。外に大きな取り込み口があって、そこに森林組合などから出た木くずなどを放り込んでいくと、機械が順繰りにこれを送り、ボイラーのほうにスクリューみたいなものがクルクル動いていき、それを燃やしてバイオマス発電していくという仕組みです。これが地域暖房といっしょに発電もしていく。年間3000キロワット発電をしている。ボイラーの排気ガスについても熱交換機を利用して、熱に換えていく。それが大体15%から18%しめていて、非常にバカにならないのだということを言っていました。チーズ工場には100度の温水、それから地域暖房には80度の熱供給をしているとのことです。
本当にムダがない設備だと考え、「これは州や国の政策パッケージがあってこれを導入したのですか?」と質問をしたのですが、ブッペンターラーさんはちょっとプツンと切れたというか、「これはみんなで努力して、みんなでやったのだ」ということをこの方はいうわけです。ドイツと違ってスイスはまだまだ保守的なところがあって、ドイツほど制度が整っていないし、住民の意識もまだまだなところがあります。とくにこのメルヒナウ村というのは非常に保守的なところで、この方は、自分はスイス国民党員だったと言われていました。スイス国民党というのは案内をしてくれた滝川さんの説明では、「日本で言えば自民党みたいな右翼政党です」と言っていました。あとで調べましたらスイスで30%くらい得票する政党で、「原発は安全」ということをずっと言っていたわけです。ブッペンターラーさんは「70年代に反原発運動が盛り上がったけれど、私は冷ややかに見ていた。80年代に入っても『何をやっているんだ』というふうに見ていた。ところが86年にチェルノブイリ原発事故が起こったときに、ここの牛乳も捨てなければいけなくなった。牛肉も売ることができなかった。私はやはり騙されてきたと感じた」と話されました。あれこれ思い悩んで原発に頼るのではなくて、再生可能エネルギーを広げていきたいと決意したといいます。まわりは保守的な自治体や政府で、それに対応する中で孤軍奮闘されてきたと思います。だからこそ、こうしたシステムにお金を投じました。ただ今となれば、採算的には十分、元がとれるものだと思います。
バーゼルのバイオマス工場
これは、自治体が設置した生ごみなどを扱うごみ処理施設です。スイス第三の都市のバーゼルというところで、バーゼル都市公社が委託しているバイオパワーという公のチェックがかなり効いた公法人です。バーゼルとまわりの自治体と契約して、緑のゴミ(剪定ゴミ)や生ゴミをここで処理をしていきます。それをもとにまず天然ガスをつくります。スイスでは天然ガスで動いている自動車がありますが、バイオタワーの工場に面したところに高速道路が走っていて、その天然ガスをガソリンスタンドで売っている。給油といわないで給ガスできるようになっている。それからそれを燃やして熱供給に使う。またタービンを回して電気も起こす。最後は肥料ができて肥料も売っているのだそうです。残さずごみを利用するシステムをつくっている。純度が高いメタンガスつくるというのはたいへんな技術だと思います。
日本の場合、今はいろいろな自治体が実験をしだしましたが、基本的には自治体のごみ焼却場はごみを燃やすだけという形ですが、スイスやドイツではこれだけ多様な、いろいろな資源に換えているということを目の当たりにしました。
再生可能エネルギーの推進
これまでもコージェネ発電についてはバイオマス等について話してきたわけですが、最後は再生可能エネルギーです。先ほどのメリヒナウ村の方で、牛小屋に太陽光パネルを載せています。ドイツは毎年、太陽光発電は原発7~8機分つくられるということで、日本と比べ物にならないほど、どんどん増えています。このグラフの赤い線が日本の太陽光発電容量で、青い線がドイツです。2004年までは日本のほうが、おそらく京セラやシャープという技術がよかったのでしょうが、ドイツを上回っている。ドイツでFIT(固定価格買取制)は1990年に導入されましたが、2000年、2004年に再生可能エネルギー法が改正されたとたんに飛躍的に伸び出している。
ただドイツほどではありませんが、日本でも2012年7月1日に固定価格買取制が入り、1年間で原発2機分を再生可能エネルギーでまかなう状況になってきました。
これはフライアムト村の風力、さきほどのバイオマスの農家です。そこのすぐに上にある風車ですが、私たちが見た風車は142人が出資しつくったものです。ドイツでは再生可能エネルギーは、地域の協同組合でつくられているのがほとんどです。こうした出資に対して年に6~8%の利益配分がある。これは固定価格買取制によって生み出される。ここの農家も女主人が出てきて、「私の年金がわりです」という言い方をしていましたが、お金が地域に落ちる仕組みになっている。ちなみに、ここの農家ではキルシュワッサーというサクランボのブランデーをつくっていました、そこのラベルには風車が入っていますのでお土産に買ってきました。
これは小水力です。フライブルクのすぐ郊外にある小水力発電です。川にそってつくられており、地元の信用金庫の退職した元理事長さんらが出資したとのことです。ドイツでは、太陽光発電の例ですが、個人、農家、地場産業、地場企業の出資者で4分の3を占めている。なぜこうなるのか。日本だといま多いのは大体メガソーラーで、ソフトバンクの孫さんがドーンと大きくやる。ドイツの主流は地域を基盤とした人たちで、「どうしてそうなのですか?」ということをしきりに質問をしましたら、「そうでないと自治体が許可しない」という言い方です。道路とかそういうものの使用権限、都市計画の権限が市にあって、大企業だけがつくるものについては自治体がチェックしているということを説明していました。
まとめ
そろそろまとめに入らなければならないのですが、ドイツのエネルギー・シフトの動機には反原発運動があったということをはじめにお話ししました。70年代、フライブルクが地図でここだとすると、ここにヴィール原発反対の有名なたたかいがありました。建設予定地に最初、数百人で座り込みをはじめて、1週間か2週間後に2万8千人まで膨れあがったといいます。原発建設を阻止していくという行動で、フライブルク大学の学生と農家の人たち、ワイン農園の経営者の方々がここに座り込んだということを言っていましたが、「こういうパターンはドイツでは非常にめずらしいのだ」そうです。先ほどのシュルツさんと農家の組み合わせの原型というのは、この時点ですでにあるわけです。なぜ農民の人たちが立ち上がったというと、よく原発から蒸気が出ている写真がありますが、それを見たときに、最初は放射能が恐いとかいうことではなく、農作物の発育が非常に悪くなるということから出発して、そして、放射能が恐いというのはあとから学習をしていったということでした。こういう形で世論が形成されてきたと村上さんは言っていました。
こうした反原発意識が、対案を出すことが大事という流れの中で再生可能エネルギーを進める運動にシフトしていく。そしてチェルノブイリ原発事故や地球温暖化の議論の中で何をしていくのかという目標がしっかり確立してくる。脱原発、脱化石という目標がはっきりしていて、その筋道としてエネルギー自立地域を媒介に実現をはかっていく。固定価格買取制をはじめとしたさまざまな施策、経済的に誘導する施策を組み合わせて自治体が判断していくことが非常に印象的でした。
これは保守から革新までの社会的な合意があると感じました。ちょっと前に総選挙があったのですが、キリスト教社会民主同盟のメルケルさんが勝利した。キリスト教民主同盟は保守政党ですが、農民だとか、省エネリフォームで利益がある工務店などは、おそらくキリスト教社会民主同盟の支持基盤だと思いますが、そういう保守的なところにも経済的な利益が及ぶような施策をずっとやってきた。それによって、たぶんキリスト教社会民主同盟は大手の電力会社ともパイプがある政党ですが、ずっと底辺で支えている人たちが、脱原発・再生可能エネルギーを支持した結果なのかと思います。
実は福島原発事故のすぐあとに、緑の党の支持率が20%ぐらいまでいくのです。ところが今度の選挙ではキリスト教民主同盟、社会民主党、第3が左翼党、7%ぐらいの得票で緑の党は第4党になりました。経済誘導策を提案してきたのは保守党のキリスト教民主同盟。そのお株を奪われたかたちです。一方、原発側とのパイプを結んできた自由民主党という政党が結局5%を切って議席を失うという結果、今回の総選挙はすべての政党が脱原発、脱化石というところで揺るがないものがあり、社会的な合意が確認できたということです。
最後に、行ってみると本当にドイツは進んでいる、日本とは20年違うと思ったわけです。政府の決意があって、施策についてもいろいろなことをやっているなと思いましたが、よく考えてみると、ドイツと日本とは科学技術ではそう変わりないわけです。しかもその施策のもとになっている考え方は、「もったいない」だとか、「地域でお金をまわす」「地域の資源をまわす」とか、かつて日本がやっていたことだと思いました。その意味ではこうした考え方にもとづいてやっていけば、背景だとか、制度だとか、さまざまに違うところがあるのですが、日本でもできるのではないかと思います。私は集会だとか、挨拶に行っても、必ず言うのは「ドイツにできて日本にできないことはない」ということ、その確信を持てました。原発の問題、東京一極集中が続いている、人口減少が強まっている。だけども自然資源が豊富だという、日本だからこそ、ドイツに学ぶべきところは学んで私たちが自分の頭で施策を考えていく必要があると思います。「原発ゼロ、自然を資源とする循環型社会は可能だ」の思いを強くしました。
(これは、2013年11月14日、林克さんが行った「ドイツの再生エネルギー視察報告会」の講演を整理したものです。左の写真は、報告する林克さん)