研究と報告

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2013.07.11

研究と報告100 姑息な安倍改憲の危険性―96条先行改憲、解釈改憲、立法改憲

神戸学院大学 教授 上脇博之

研究と報告100 姑息な安倍改憲の危険性
 ~ 96条先行改憲、解釈改憲、立法改憲 ~ 
神戸学院大学 教授 上脇博之

1.改憲問題は参議院選挙の重大な争点だ!
昨(2012)年12月16日施行の衆議院議員総選挙で自民党など保守政党は「憲法改正」を公約しました。この総選挙で自民党は、民意を歪曲する「小選挙区効果」(43%の得票率で79%の議席占有率)もあって「圧勝」しました。
同月25日、自民党の安倍晋三総裁と公明党の山口那津男代表は8つの「重点課題」を挙げ、これらに「全力で取り組むことを確認する」とする「連立政権合意文書」を交わし、その7番目の「重点課題」に「憲法」を挙げ、「憲法審査会の審議を促進し、憲法改正に向けた国民的な議論を深める」と明記しました。
自民党の「憲法改正」の主眼は周知のように「憲法9条改正」ですが、安倍自民党総裁(首相)は、その前に、憲法の改正手続きを定めている憲法96条を「改正」しようと主張しています。現行の憲法96条は改憲の国民への提案が簡単ではないから、それを先に容易にできるようにしてから、その後で「憲法9条改正」を狙おう、という姑息な主張です。
この「96条先行改憲」が実現されてしまうと、憲法9条はいうまでもなく、それ以外を含め日本国憲法全体の「改正」を国会が発議する可能性が高まることになります。すでに自民党は昨12年4月27日に「日本国憲法改正草案」を発表しており、その内容は、日本国憲法の原型がわからなくなるほど全体を変質させるものです。
したがって、今月21日投票の参議院通常選挙では、自民党の目指す明文改憲の是非が重大な争点ということになります。
もっとも、「96条先行改憲」論には、憲法研究者の強い反対があり、マスメディアの一部もそれを紹介する等したために、国民の間でも反対意見が多くなってきました。それゆえでしょうか、安倍自民党総裁は「96条先行改憲」論を含め改憲そのものを、思いのほか強調しなくなりました。争点隠しかもしれませんが、21日の選挙後に安倍自民党総裁は国民の反対意見を恐れて「96条先行改憲」を断念する可能性が出てきたのかもしれません。
しかし、選挙後、改憲についての世論調査でどのような結果が出るのか予断を許しませんし、選挙結果も出ていない現時点では、実際に明文改憲を断念するとは断言できません。
また、たとえ断念したとしても、3年後の2016年には参議院通常選挙が施行されますし、同年に衆議院総選挙も施行される可能性が高いでしょう。そうなると、安倍自民党総裁は「今度こそ明文改憲を!」となるでしょう。そのときには、この度の通常選挙で当選した参議院議員も含めた国会議員らで明文改憲が議論されることになるわけですから、今度の参議院選挙も明文改憲を左右する重大な選挙であることに変わりはありません。
さらに、改憲には「明文改憲」以外に「解釈改憲」や「立法改憲」もありうるので、安倍自民党総裁が改憲を全面的に断念するとは思えません。これらのいずれであれ、強行されてしまえば、改憲政党の主たる目的は達成されることになり、明文改憲の地ならしにもなるでしょう。

2.国会の発議要件を「過半数」とする立場(全部「過半数」論)と「96条先行改憲」論
 日本国憲法の憲法改正手続きは、憲法96条によると、「各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければなら」ず、「この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする」のです。つまり、国会の発議とそれを受けての国民投票の二段階になっているうえに、国会の発議には「過半数」ではなく「3分の2以上」という厳しい要件が付されているのです。これらの点で日本国憲法は「硬性憲法」と呼ばれています。
自民党は、昨12年4月27日に「日本国憲法改正草案」を発表していますが、それによると、「国会の発議」の要件は衆参各院で「総議員の過半数の賛成」とされ、発議のハードルが大幅に引き下げられています(全部「過半数」論)。
 安倍自民党総裁は、衆議院総選挙後初となる記者会見を党本部で開いたとき、改憲について「最初に行うことは96条の改正だろう。3分の1超の国会議員が反対すれば、議論すらできない。あまりにもハードルが高すぎる」と指摘し96条改憲に取り組む意向も表明しました(「危機突破内閣・憲法96条改正に意欲…安倍総裁」読売新聞12年12月18日00時01分)。
 また、安倍首相は今年1月30日の衆議院本会議で、「まずは多くの党派が主張している96条の改正に取り組む」と述べ、憲法改正の発議要件を緩和する方向で改正を目指す考えを表明しました。
日本維新の会とみんなの党は今年2月14日午前、国会内で幹事長・国対委員長会談を開き、憲法改正の発議要件を定めた憲法96条の改正に協力して取り組む方針を確認しました(「憲法96条改正で協力 日本維新とみんな」産経新聞13年2月14日14時5分)。

3.日本国憲法の基本原理以外は「過半数」とする立場(一部「過半数」論)
 これに対して公明党は批判的な立場を表明していますが、それは中途半端なものです。5月9日の衆議院憲法審査会で、公明党の斉藤鉄夫幹事長代行は、国会が改正を発議する要件に関して「現憲法の硬性憲法の性格は維持すべきだ。憲法は、侵すことのできない永久の権利・自由を擁護するために権力を制限する立憲主義に基づくものだ。従って、(国会の発議後に)国民投票による承認が必要とはいうものの、普通の法律の(衆参)各院での「過半数」による議決に比べ、より加重した要件であるべきだ。(そうしないと)政権交代があるごとに憲法が政治問題化し、先鋭的なイデオロギー論争・対立の焦点になる恐れもある」と述べながらも衆参各院の総議員の3分の2以上の賛成が必要な国会発議の要件を緩和することについて「否定するものではないという意見も(党内には)あり議論の余地がある。例えば、3原則に係る条項以外では3分の2の要件を緩和するとか、硬性を保ちつつ3分の2を緩和するなどだ。」と述べたのです(「全体観に立った論議を」公明新聞:2013年5月10日)。
 これに対し、安倍晋三首相は月刊誌「Voice」のインタビュー(インタビュー5月17日実施、6月10日発行)で、「自民党内には、要件を衆参両院の3分の2以上(の賛成)にする場合と、2分の1以上にする場合に分ける案もある」と指摘し、具体例として、人権にかかわる条文や戦争放棄を定めた9条などは3分の2以上を維持する一方、統治機構にかかわる条文は2分の1とする案を紹介し、条文によって要件を変える案に言及していることが雑誌発売前に報じられました(「首相、「改憲の発議要件緩和、2分類案も」 96条改正に関し」日経新聞2013年6月5日19時16分)。
 また、ポーランドを訪問した安倍晋三首相は同月16日夜(日本時間17日未明)、発議要件を過半数に引き下げる憲法96条改正について「平和主義、基本的人権、国民主権は(現行の)3分の2(以上)に据え置くことも含めて議論していく」と記者団に述べ、条文ごとに発議要件に差をつける可能性を示したのです(「憲発議「条文ごとに差も」 首相、公明に配慮の姿勢」朝日新聞2013年6月17日11時51分)。
 このように国会の発議の要件について、平和主義、基本的人権尊重主義、国民主権主義という日本国憲法の3つの基本原理においてはこれまで通り「3分の2以上」にとどめ、それ以外においては「過半数」にするという立場(一部「過半数」論)に対しては、3つの基本原理についても「過半数」にする全部「過半数」論に比べ、危険性・問題性がない(あるいは少ない)と国民が受けとめてしまうとすれば、それは大きな勘違いであると指摘しなければなりません。
 第一に、日本国憲法の基本原理については、議会制民主主義や地方自治も含めるべきですが、一部「過半数」論では、これらの国会発議要件は「3分の2以上」ではなく「過半数」になってしまいます。
 第二に、一部「過半数」論では日本国憲法の改正手続条項(憲法96条)についても国会発議要件は「3分の2以上」ではなく「過半数」になってしまいますので、一部「過半数」論でそのまま「憲法改正」がなされた後に、改正手続の更なる「憲法改正」が目指され、平和主義、基本的人権尊重主義、国民主権主義についても国会発議要件を「過半数」にされるおそれがあります。つまり、国会発議要件は、2段階で全て「過半数」にされてしまいかねないのです。そうなると、一部「過半数」論も全部「過半数」論と変わらないことになってしまいます。

4.硬性憲法を軟性憲法にするのは違憲の改憲だ!
96条先行改憲論が実現されてしまうと、自民党などの改憲政党によって日本国憲法全体についての改憲の国会発議がなされるおそれが高まります。
自民党「日本国憲法改正草案」は、日本国憲法の国民主権主義、平和主義、基本的人権尊重主義に限定して評してみても、それら3原理を実質的には変質させています。すなわち、①国民主権は否定してはいないものの、天皇主権の大日本帝国憲法のように天皇を「元首」にしていますし、②侵略戦争は禁止されていますが、自衛隊を「国防軍」にして集団的自衛権の行使などを許容していますし、③基本的人権という表現は残されていますが、天賦人権説が否定されるなどしているからです(詳細は、上脇博之『自民改憲案 VS 日本国憲法 ~ 緊迫!9条と96条の危機』日本機関紙出版センター・2013年を参照)。
このような変質は本来改憲の手続きを経ても許されません。というのは、「憲法の改正」と「新憲法の制定」とは違うからです。「憲法の改正」は、その憲法の本質的内容を維持した上でその本質以外を改めることを意味しています。本質的に全く異なる内容の憲法に改訂することは、「新憲法の制定」に相当し、憲法が許してはいないのです。ですから、「憲法の改正」には限界があると考えるべきです。
改憲の要件を引き下げれば、「憲法改正の限界」を超えて憲法の本質的な内容を変更することが容易になる可能性が高くなるので、改憲の手続を定めている規定も「憲法改正の限界」であると考えるべきで、硬性憲法を軟性憲法にすることは、「憲法改正の限界」を超えるので違憲・無効です。
これに対しては、国民投票を残しており硬性憲法に違いがないから憲法改正の限界内だと考える立場もあるかもしれませんが、それは大いに疑問です。というのは、日本国憲法の改正手続は、国民投票だけで決まるのではなく、国会の発議とセットですし、かつ国会の発議なしには国民投票もありえないのです。それゆえ、国会の発議を軽視することは、日本国憲法の硬性性を正しく理解していないことになります。
また、政権交代が起こる度に憲法改正の国会発議合戦が起こることも否定できません。とりわけ、衆議院の選挙制度は民意を大幅に歪曲する小選挙区選挙中心の選挙制度であり、参議院の選挙制度も民意を歪曲する「事実上の1人区・2人区」が73%を占める選挙区選挙中心の選挙制度です(詳細は、上脇博之『なぜ4割の得票で8割の議席なのか』日本機関紙出版センター・2013年を参照)から、大政党の改憲政党を過剰代表させるので、改憲の国会発議が簡単になされてしまう危険性が極めて高くなります。そうなると、国会の発議に重みがなくなり、憲法改正論議が軽薄なものになるおそれもあり、国民の多くが国民投票を棄権するおそれがあるでしょう。日本国憲法がこのようなことを許容しているとは思えません。
したがって、日本国憲法が国会の発議の要件をあえて「3分の2以上」としていることは国会の多数派の暴走に対する歯止めであると考えるべきですから、自民党「日本国憲法改正草案」のような全部「過半数」論も公明党内にある一部「過半数」論も、憲法が許容していない違憲の改憲論なのです(詳細は、上脇博之『自民改憲案 VS 日本国憲法 ~ 緊迫!9条と96条の危機』日本機関紙出版センター・2013年を参照)。

5.「解釈改憲」の危険性
 参議院選挙後に参議院で明文改憲議員が「3分の2」を下回った場合だけではなく、「3分の2」以上であっても「96条先行改憲」論に対して国民の反対が相変わらず強い場合、安倍自民党総裁は、「96条先行改憲」を断念するかもしれません。というのは、この度の参議院選挙の自民党など改憲政党の立候補者のあいだで改憲に対する立場に温度差があり、例えば、次の参議院任期中(6年間)に改憲を実現すべきかとの問いに「積極的に改正すべきだ」と答えた人は51%である一方、「機運が高まれば同意する」との回答も46%に上り、「世論の行方を見定めたいという心理が根強い」からです。(「改憲、自民にも温度差(朝日・東大谷口研調査)」朝日新聞2013年7月3日4時56分)。
しかし、その場合であっても安心できません。今の改憲の主眼は、「専守防衛」のためではなくアメリカの戦争の本格的に加担するための9条改憲論です。アメリカは、具体的に、憲法9条が禁止している「集団的自衛権の行使」を解禁するよう要請してきましたし(アーミテージレポート・米国防大学国家戦略研究所(INSS)特別報告『合衆国と日本 ― 成熟したパートナーシップに向けて』2000年10月11日、2次アーミテージレポート「米日同盟 2020年に向けアジアを正しく方向付ける」2007年2月16日、など)、また、日本の経済界も同様の要求をしてきました(経済同友会『緊急提言 早急に取り組むべき我が国の安全保障上の四つの課題』1999年3月9日、経済同友会憲法問題調査会『憲法問題調査会意見書 自立した個人、自立した国たるために』2003年4月21日、日本商工会議所『憲法問題に関する懇談会報告書 ― 憲法改正についての意見』2005年6月16日など)。したがって、対米従属で、かつ財界政党である自民党の政権は、明文改憲(96条先行改憲)を断念したとしても、それ以外の方法で改憲を実現しなければならない、と考えることでしょう。
 安倍政権は、今年2月8日、憲法解釈で禁じられた集団的自衛権の行使容認に向け、第一次安倍内閣で設置された有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(座長・柳井俊二元駐米大使)を約4年7カ月ぶりに再開させました。
同懇談会は07年4月に設置され、自衛隊の活動にかかわる4類型の事例について、憲法解釈を検討し、第一次内閣で安倍首相が退陣した後の08年6月、福田内閣に報告書を提出していました(「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」報告2008年6月24日)。同報告書では、共同訓練等での公海における米軍艦艇の防護と、米国に向かうかもしてない弾道ミサイルの迎撃の2類型について、集団的自衛権の行使を認めるとし、また、国連平和維持活動(PKO)で他国部隊を救援する「駆け付け警護」と、武力行使する他国部隊への後方支援の2類型は、前者につき憲法9条が禁じる国際紛争解決のための武力行使には該当しないと、後者につき政策的妥当性の問題として政策決定すべきと結論づけていました。
座長の柳井氏は会合後、記者団に「(懇談会としては)集団的自衛権行使を容認する基本認識を再確認した」と述べました(「4年7カ月ぶり安保懇再開 集団的自衛権 行使容認狙い」東京新聞13年2月9日朝刊)。
参議院選挙後に、この有識者会議が集団的自衛権行使につき一部であれ容認する報告書をまとめ、安倍首相に提出した場合、安倍首相は、内閣法制局に、これまでの政府解釈を改め、集団的自衛権行使を「合憲」とするよう「解釈改憲」を要求する危険性があります。
内閣法制局がその要求に応じない場合には、安倍政権は、民主党政権で当時の小沢一郎幹事長主導で試みられたことに倣って、内閣法制局長官に国会で答弁させず、内閣法制局長官を「政府特別補佐人」から除外する国会法改正案を上程し成立させる危険性が一切ないとは断言できません。

6.「立法改憲」の危険性
内閣法制局が集団的自衛権行使を(一部であれ)「合憲」と「解釈改憲」してしまえば、安倍政権は、次に「立法改憲」を目指すことでしょう。
改憲政党は「立法改憲」も公然と目指してきました。昨12年7月4日、自民党は、国防部会(今津寛・部会長)と安全保障調査会(石破茂・会長)で集団的自衛権の行使を可能にする「国家安全保障基本法」の概要をまとめ、総務会でこれを決定しました。それによると、「国家安全保障基本法案」の骨子で「国連憲章に定められた集団的自衛権の行使を一部可能にする」とし、「武力攻撃事態法と対になるような『集団自衛事態法』(仮称)、及び自衛隊法における『集団自衛出動』(仮称)的任務規定、武器使用権限に関する規定が必要。当該下位法において、集団的自衛権行使については原則として事前の国会承認を必要とする旨を規定。」と明記していました。
 そして、自民党は、このような立法改憲を含め改憲を昨12年12月の衆議院総選挙でも公約していました。この点は他の改憲政党も同様でした。民主党を離党した小沢一郎議員らは、総選挙前は「国民の生活が第一」として、総選挙時には「日本未来の党」として、総選挙後は「生活の党」として、「立法改憲」を主張し続けてきました。
 安倍首相の主張する改憲に協力をすると公言している「日本維新の会」共同代表の橋下徹大阪市長も、昨12年9月、集団的自衛権の行使について、「権利があるのに行使がないのはありえず、基本的には行使を認めるべきだ。主権国家として当然であり、あとは行使のルールを考えるべきだ」と述べていました(「橋下氏 集団的自衛権の行使容認」NHK12年9月13日22時7分)。
内閣法制局が安倍首相の要求に応じず、あるいはまた、公明党の大臣が「解釈改憲」を拒否した場合には、自民党は、議員提案として、集団的自衛権の行使を容認する「国家安全保障法」の制定を目指し、国会に法案を提出する危険性があります。これが成立すれば、内閣法制局もその基本法を違憲とは答弁できなくなるかもしれません。
しかし、議員提案であれば、自民党など改憲政党の議員のあいだで意見が分かれ、国民の反対意見が強ければ、その法案が成立しない可能性もあります。
「解釈改憲」も「立法改憲」も姑息なやり方です。それらの危険性と姑息さを広く国民に訴え、それらに対する反対意見が国民の間に強くなるようであれば、そのいずれについても安倍政権に断念させることは不可能ではないでしょう。
いずれにせよ、憲法運動が重要になることは間違いありません。

参考文献:
上脇博之『なぜ4割の得票で8割の議席なのか - いまこそ、小選挙区制の見直しを』日本機関紙出版センター・2013年
上脇博之『自民改憲案 VS 日本国憲法 ~ 緊迫!9条と96条の危機』日本機関紙出版センター・2013年