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 2006年01月17日(火)

『論座』(朝日新聞)の対談で、渡辺恒雄氏が靖国批判

●もうお読みになった方も多いのではないかと思うが、『論座』(朝日新聞社)で、渡辺恒雄(読売新聞主筆)が若宮啓文(朝日新聞論説主幹)と対談をし、靖国神社や首相の参拝問題を真っ向批判している。内容はかなり厳しい、曖昧さのないものになっている。ポスト小泉にも、大きな一石が投ぜられたように思う。

 対談(実際には、『論座』編集長の司会)のリードは「タカ派論客と見られている読売新聞主筆・渡辺恒雄氏の発言が目立っている。首相の靖国神社参拝に強く反対し、A級戦犯に限らず関係者の戦争責任をはっきりさせるべきだと訴えるのだ。憲法改正問題をはじめ、多くの問題で主張が真っ向から対立する読売と朝日だが、果たして『共闘』は可能なのか」とある。

 中身を読んで見ると、渡辺氏の発言は、これまでの「延長」だけで(外交問題として)首相の靖国参拝を捉えているのではなく、かなりつっこんで様々な問題を検討して、出した結論のように思われる。それだけに、中曽根元首相とも近く、日本の保守勢力に少なくない影響力を持つ人物の発言だけに、今後の政局に与える影響も無視できないだろう。

●以上を予備知識として、渡辺氏の発言を中心に対談の概要を見ておこう。

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渡辺:
 2001年の話しだけど、小泉首相が8月15日に靖国神社に参拝すると言ったとき、僕は電話をして「反対だ」と言った。「8月15日に行っちゃいかん。行くなら8月13日に行きなさい。15日に行くのは政治的によくない」と言ったんです。・・・その後、靖国神社の宮司が、「なぜA級戦犯を合祀したのか」「なぜA級戦犯を分祀できないか」などについて話しているのをいろいろ勉強してみて、僕はもう、とんでもないと思った。それで、新たに追悼施設をつくるべきであると考えたわけだ。読売新聞の論説委員会でもそういう話をして、それが社説となったわけです。

☆ここでは、当初は単に外交問題として政治的に問題になる8月15日というタイミングを批判していたようだが(実は、靖国神社にとっては、8月15日というのは、特別の意味はないのであるが)、靖国神社の発想やA級戦犯合祀の根拠を検討して行く中で、靖国神社そのものの存在を問題にするようになったと理解できる。この点は、極めて重要である。

渡辺:
 読売新聞は、2005年8月13日の紙面から、靖国参拝問題の前に、戦争責任の所在を明らかにすべきというキャンペーンを始めました。・・・このシリーズは1年やりますよ。1年間やって、2006年の8月15日をめどに、軍、政府首脳らの責任の軽重度を記事にするつもりだ。

若宮:
 (旧厚生省)援護局からA旧戦犯の「祭神名票」が靖国神社の方に渡されたのが1966年です。当時の宮司は山階宮家から臣籍降下した元皇族の筑波藤麿氏で、彼が宮司をしていた間はA旧戦犯は合祀しなかった。結局、12年間たなざらしになっていた。

渡辺:
 僕も79歳です。僕らがいなくなると、あの残虐な戦争の実態を知らない人たちばかりになって、観念論争になっちゃうんじゃないと心配だ。

若宮:
 問題は・・・首相の参拝が結果的に「A級戦犯がなぜ悪い」「A級戦犯はぬれぎぬじゃないか」という遊就館につながる思想の人たちを喜ばせ、力をつけさせていることです。・・・APEC(アジア太平洋経済協力会議)や東アジア首脳会議など席を同じにする機会があれだけ続いたのに、ついにトップ同士の個別会談はないまま。外交面で不毛な悪循環になっているような気がしてようがないんですね。

渡辺:
 僕はそういう危険を感じ始めたので、この辺でマイナスの連鎖をどこかで断ち切って、国際関係も正常化するために、日本がちゃんとした侵略の歴史というものを検証して「事実、あれは侵略戦争であった」という認識を確定し、国民の大多数がそれを共有するための作業を始めたわけだ。

☆以上のように、渡辺氏の認識は、靖国神社そのものを問題にすることから、更に進んで、日本の侵略戦争を国民大多数の認識にすることまで主張しているのである。これは、首相の靖国参拝を「ちょっと都合がわるい」というような対外的な対応ではなく、日本人としての歴史認識=侵略戦争という認識とその反省という考えである。
 渡辺氏は、自分のことを戦前からの反戦だと述べているが(この辺の事情は、『渡辺恒雄回顧録』に詳しい。この本も、かなり面白い。特に、共産党の選挙戦術などの評価は興味深い)、だれもそうは思っていないだろう(笑)。
 しかし、靖国神社の本質への怒り、戦争を起こしたものへの怒りは本物だと思う。

渡辺:
 国家神道の教学(A級戦犯を分祀できないなど)・・・そんなもののために日本の国民が真っ二つに割れて、さらにアジア外交がめちゃめちゃにされている。そんな権力を靖国神社に与えておくこと自体が間違っている。これを否定するには、やっぱり首相が行かないことですよ。公式参拝は一切やらないことです。それしかない。・・・僕は靖国神社に固執する政治勢力は、やがて少数派になり孤立するんじゃないのかなと思った。
 ・・・僕は靖国公式参拝論者を次の首相にしたら、もうアジア外交は永久に駄目になっちゃうんじゃないかとも思っている。

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●以上のように、非常に明確であり、遊就館の史観を真っ向から批判し、ポスト小泉問題に、靖国参拝の争点を提起している。ここまでは、朝日新聞の若宮氏と全く意見の違いはなく、読む方が驚かされるのである。
 同時に、これ以降は、憲法の話しに移り、渡辺氏は「自衛のため軍隊を憲法上もはっきりさせるべきです」と持ち前の「改憲論」を述べるのである。しかし、若宮氏の「反論」も「僕は自衛隊の存在を認めて、有事のときに出動させるというのならば、きちんとした法律がある方が自然だと考えた」と述べている。歯切れが実に悪いのである。

 さて、このように見てくると、靖国問題というのは、改憲問題とどのように「交差」をするのか疑問が湧いてくる。

●靖国参拝問題は、東京裁判が「勝者による裁判」であるとか、戦犯は「犯罪者ではない」というような「国際法」解釈による「屁理屈」によって合理化しようとしても、結局のところ、渡辺氏が喝破したように、日本の侵略戦争という事実の否定に結びつく。これまで、歴史認識の問題で藤岡信勝氏などが辿ってきた「道」といえば、理解が早いであろう。

 こういう戦争責任や戦後の国際秩序の否定という流れが、時の政権政党の大きな「流れ」になっていることは驚くべきことである。
 渡辺氏は憲法改正については、「将来、日本が米軍と一緒になって、抑止力としての軍じゃなくて、戦争をするための軍として行動する可能性のある地域なんて、世界中にまずない。問題は北朝鮮だけですよ。北朝鮮が本当に狂っちゃって日本に戦争を仕掛けてきたときに、日本がギブアップして、米軍に戦ってくださいと言えますか。自衛隊はもう逃げちゃいますよ、なんてことができますか」と述べている。
 しかし、日本政府の代表が靖国神社参拝を続け、靖国・遊就館と同じ認識をしていると、アジアをはじめとした諸外国から見られる時、北朝鮮よりも日本の方が「はるかに」危ない国と見なされるのが普通であろう。だからこそ、渡辺氏も首相の靖国参拝を批判しているのではなかったのか。

●グローバリズムを背景とする新自由主義と、ナショナリズムは一見なんの関係もないように思われる。しかし、「小さな政府」を要求する新自由主義は「強い政府」を同時に要求する。アジアやラテンアメリカにIMFなどの過酷な「財政再建路線」「民営化」を押しつけたのは、強いアメリカを背景にした「力」である。
 日本の大国化は、インターナショナルな立場からのネオ・ナショナリズムを伴い「強い国家」を必要とする。同時に、主流とはならないまでも、復古的なナショナリズムによっても補完され、様々な形で復古的なイデオロギーも跋扈する。その交点に靖国問題は存在するのであろう。

 靖国問題の本質は、渡辺氏が述べているように、侵略戦争の美化であり、歴史の歪曲である。しかし、靖国問題について、一般的にはこういう視点から批判をされていない。首相の靖国参拝を違憲とする裁判闘争の中では、憲法の「政教分離」原則に違反している(つまり公式参拝批判)という、玉串料問題と同じレベルの話しになってしまう。
 実は誰でも、首相の靖国参拝について、その本質を渡辺氏と同じように考えているわけであるが、批判の論理が「ズレ」てしまう点に、この問題の「難しさ」がある。だから、自民党の新憲法草案などで、憲法を改正してしまうことによって「靖国参拝の違憲性」を解消しようというような議論になるのである。

 一方、靖国神社の立場から見ると、戦後の「改革」によって、自ら「一宗教団体」としての立場を選択したために、宗教活動の一環として「侵略戦争美化」の「教義?」を国民のお咎めなく展開できるメリットを享受して来た。しかし、戦前の国家神道とは異なり、国家の活動とは切り離されざるを得ない。あくまでも、一宗教団体の「戯言」なのである。教科書における「歴史認識」などとは異なり、あくまで、公的な施設・公共とは「無縁」の一宗教団体(宗教の定義を満たしているかどうかは疑問だが)の寝言を、首相の参拝という形でオーソライズする構図なのである。
 そして、そのことが可能な社会的背景は、あの侵略戦争の犠牲者、自分の肉親や家族・親類、友人などが「祀られている」ことに対する「素朴」な敬意なのである。

 こういう縺れた現状を打開するのは、公的な追悼施設を建設することも一つの解決策かもしれない。しかし、以前にも述べたが、これも結構難しいことなのであり「戦争で亡くなった」という事実をどのように認識し(戦争との関わりの認識)、追悼の仕方についての国民的なコンセンサス(または、コンセンサス自体を追求すべきかどうかという、一層奥の深いところでのコンセンサス)が必要になってくる。
 静かに、「私的」に死者を弔うべきだと考える人もいるだろうし、そもそも「国家」が自分の行った侵略戦争の「犠牲者」をどのような立場から「慰霊」「追悼」するのか。余計なことはやめてくれという議論も当然にあり得る。追悼の仕方も「オンリーワン」でよいという議論もある中で、国家による「統一」的な追悼は、新たに国家に権限を付与することになる側面も否定できない。
 
 こういうことで、靖国問題を政治的に「解決」する手法としての「公的追悼施設」の建設も、そうそう簡単な問題ではないし、また、あまりに「政治的」な解決を急ぐことも禍根を残すおそれがあるわけだ。

 難しい問題ではあるが、首相が参拝を辞めることは極めて「簡単」である。