2006年06月11日(日)
九条の会ー全国交流集会に思う
●6月10日「九条の会 全国交流集会」に参加してきた。
この6月10日は、九条の会が発足して、丁度2年の節目になるもので、「交流集会」という形式は今回が初めてである。事務局長の小森陽一氏は、6月10日現在で、全国の大小様々な九条の会は、5174団体に達し(資料配布ありーもっとも、分科会では、自分の県は県レベルの九条の会がないことになっているが、連絡会が存在するという発言などもあったので、実際はもっと多いかもしれない)、休むこともなく今日も増え続けていると述べていた。小森氏が強調していてた点は、この九条の会の運動が、これまでの日本になかった発展の仕方をしているということ。また、ようやく全国的に注目されてきて、憲法調査会でも話題に上るようになり、これからは、一つ一つの九条の会が、ネットワークの役割を果たし、運動を押し上げることがポイントになるということであった。
会場の日本青年館の大ホールは1500人はいると満杯になるので、各団体に参加の制限を行うという厳しい状況の下で集会が準備されたのであった。その代わり、交流を効率的に行えるように、全国からまんべんなく参加者が組織されていた。集会参加の際に、渡された資料袋には、全国の大小の九条の会の「活動報告ー6月10日のための報告レジュメーが144枚入っていた!
●この全国交流集会の模様は、TBSなどで報道され、報告者がインタビューを受けたようであるが、全ての報告が運動の「地鳴り」を感じさせるものであった。
集会では、九条の会の呼びかけ人のうち、6人が参加し、まず三木睦子さんからお話があった。三木さんは89歳になるが(呼びかけ人の最高齢者)、かくしゃくとした話しぶりで、「戦争の辛さを味わった者として、若い人々に再び悲惨な戦争はさせたくない。平和で穏やかなか国をというのが9条の会の願い。若い人が多くて賛同が多く大変に嬉しい」と語られていた。
続いて鶴見俊輔氏は、「日々耄碌している」と述べ笑いを取り、かつて「戦争は文明の母」という冊子を政府は出したが、文明の名によってイラク戦争を行った。アメリカと日本の文明に取り残された耄碌の個人として、戦争に反対する。耄碌しても戦争に反対できる。と述べ、満場の拍手を受けていた。
澤地久枝氏は、特に今日のマスコミの姿勢を批判されていた。地方の新聞には、九条の会のことも出るが、東京では全くでない。これは犯罪行為だと述べていた。絶望を作り出すマスコミは犯罪。緩やかな締め付けのない一人一人の志が大切にされる会にして欲しいと述べていた。
加藤周一氏は、日本の状況は2年前から2つの特徴をもっている。国民の意見と議会の割合が違う。9条を変える道を国民は支持しない。第2は、市民の側はどうなっているか。日本は先進工業国では市民運動の盛んな国。ただ、弱点は横のつながりが弱いこと。この横のつながりの強化を九条の会で。情報交換をして、勢いに乗って欲しい。上り坂を押して押して、そうすれば勝てるだろう。
小田実氏は、最も理想的であることが、最も現実的なことであると話をはじめた。NHKも「真面目」な番組をつくった。侵略戦争の反省に立って、改定を遂行する考えが出てきた。それは、「自衛隊を軍隊として認めて、法律的規制と歯止めを」「憲法の枠の中での自衛隊を」という議論である。しかし、これは夢想的だと思う。自衛隊は既に勝手に行動している。憲法で認めたら凄いことになる。原理原則に則ってもう一回考えよう。日本は自衛はできるのか。「自衛の軍隊を持とう」というのはまやかしであり、日本は戦争できない。なにもない国はどうすればよいのか、考えよう。
大江健三郎氏。マッカーサーは日本を非武装にする代わりに沖縄を米軍基地にした。それで平和憲法が作られた。理想の実現には教育の力にまつべきであるという教育基本法の「前文」。自民、民主の改正案には「教育の力」は使われていない。今日は、自立して地域でグループで活動している人たちが集まった。その声に応じて、多様に発してもらえばよい。ここは、交通整理をする場になる。自分は悲観的な人間なので、この憲法と教育基本法の二つを守り切れるかどうかわからない。倫理的想像力を考えて、もう一度、憲法と基本法を。
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●午後からは分散会で、10以上の会場にわかれて、討論を行ったのであるが、どの会場も満杯で、熱気あふれる討論になった。殆どの会場に顔を出して、雰囲気だけは見てきたが、恐らく、分散会の方が午前中の集会より人数が多かったのではないかと思う。
午前中の全体会、午後の分散会と会場を見回すと、やはり年寄りの数が目立つことは事実である。勿論、若い人も結構いるし、活動報告なども配られている。平和の運動では、やはりこの現状が問題になることが多い。以前、日本平和大会に参加した韓国の若い女性にインタビューをしたことがあるが、戦争の悲惨さを知っている高齢者が運動に加わっていることはすばらしいことだと思う。と述べた後、「やはり、若い人が少ないのが気になる」「後継者は育っているのか」という質問もされた。
●平和運動でも憲法擁護の運動でも、私は、「シツコイ話し」と「押しつけがましい話し」は嫌いなので、どうしても集会などは引けてしまうことが多いのであるが、思い切って「戦争体験を聞く分科会」などとしてしまうと、割り切って、率直に話しを聞けることもある。
日本の改憲の危険性は、アメリカと一体になって海外で戦争支援をすることにある。しかし、国民に対する宣伝のイデオロギーは、北朝鮮の危険性や拉致など、あくまで「被害者になるぞ」というものである。実際には、加害者への道が被害者になる危険性によって掃き清められているという矛盾がある。
これは、なかなか支配層にとっても「ねじれ」た話しである。正直に、アメリカが市場原理を国際的に確保する必要性に応じて、これに反逆する国を武力で押さえつける必要がある。そのために、日本もアメリカと同盟して、その武力行使を共に行う必要があると説明「できない」わけである。攻められる恐れがあるかないか、などが議論の中心になることが多い。
●戦争の悲惨さを強調する場合、この「攻める」立場になることを明確にする必要がある。現在は国の機関も「防衛庁」など「日陰者」扱いにされているが、これが「国防省」となれば、その発言力や存在感などは比較にならない。また、組織論理的に国防を中心とした勢力誇示を行う存在様式となる。
九条の会は、確かに大きく発展し、2年前に発足した時とは、比較できない現実の力を持ちつつあると思う。これは、小森氏が述べたように、日本にこれまでなかった運動の質であり、発展の方向であった。恐らく、今日参加された各地のメンバーは、交流を通じて、更に豊かなイメージや運動発展への確信を持ったに違いない。
その上で、私が気になっているのは、構造改革の下で経済格差や社会格差が拡大し、国民の生活が全般的に引き下げられている時、「憲法よりメシだ」というようなスローガンが出てくるようでは、終わりだという問題である。「メシのために憲法だ」「憲法でリストラ反対」というようなスローガンのイメージで労働運動ができないか、といつも思う。結局、憲法というものは、その国の「規範」を示すものであるから。

