2005年11月30日(水)

迷走「三位一体改革」の読み方

Ⅰ)支離滅裂なマスコミの「評価」

①三位一体改革をめぐる「迷走」が、ギリギリのところで一応の「決着」をみたようである。
 マスコミの評価をみると、「国と地方の痛み分け」とか「地方分権の理念にほど遠い」というものから「税源移譲による分権改革への突破口」(西日本新聞)というものまである。
 更に、今後の事態を見通して「補助金削減や税源移譲では攻める立場の地方や総務省も、交付税では既得権の擁護に回る」(日経新聞)といった主張もみられる。

②マスコミの評価は、事態の様々な側面を「それなり」に反映をしたものではあるが(また、日経のように、交付税削減を次なるターゲットとして旗幟鮮明にしているものもあるが)、これでは、「三位一体改革」とはなにかという基本的・根源的な問題は解明できない。

 そこで、この間の事態の推移について、政治的なポイントと「改革」の内容に関わる問題に分けて、総合的に評価をしてみることにしたい。

Ⅱ)「三位一体改革」の「決着」へのプロセス
 
 「三位一体改革」は今年で3年目ということで、一定の締めくくりが予定されていた。これまで、税源移譲3兆円という基本方向が経済財政諮問会議の「骨太方針(基本方針)」で確認され、閣議を通じて政府レベルの方針に格上げされてきていた。
 3年目までの概要は、税源移譲が2兆4000億円となって(このうち、税源移譲予定の交付金化として、義務教育費国庫負担金8500億円の削減→税源移譲対象予定)、今年度は残りの6000億円の移譲を確保するため、地方6団体は、義務教育費国庫負担金の削減を前提として、概要以下のような要求を国に提出していた。

****************************************************************
a)いわゆる「補助金」(地方財政法16条関係)として、在宅福祉事業費等32項目1680億円の削減
b)国庫負担金(地方財政法10条)では、児童保護等負担金、公営住宅家賃対策等負担金、保健事業費等負担金など9項目2580億円
c)経常的国庫補助負担金で交付金された、次世代育成支援費対策交付金等9項目570億円
d)普遍的・経常的に行われる施設整備に関する補助金等として、公営住宅建設費等補助、公立学校施設整備費負担金、廃棄物処理施設整備費補助など9項目5200億円
****************************************************************

1)若干の解説

 財政問題に強くない方のために、少しだけ説明をしておくと、aは、国の義務的な「負担金」ではない「補助金」であり、bは支出が義務付けられている「負担金」。それから、cの要求は補助金等から「交付金」にされたものを、税源移譲の対象にして削減するというもので、最後のdが、いわゆる公共事業関係の補助金等である。
 
 合計すると9970億円となり、税源移譲の6000億円に比して、1兆円に近い数字になっているが、これはメニューを多くリストアップして国の選択に委ねるためである。そのほかに、注意すべきことを列記すると、以下のようになる。

・国が責任をもつ国庫負担金を削減して税源移譲する場合は10割、任意の補助金の場合は8割という、骨太方針による確認があること。
 
・最後の公共事業関係の補助金等については、財源が建設国債であり、借金を税源移譲の対象にはできないという財務省の主張があるが、いずれ税金で返済するわけだし、経常的経費も30兆円を超える赤字国債でファイナンスされているので、公共事業の補助金も経常経費の補助金も質的には区別する必然性がないという地方の主張によるもの。しかし、公共事業は毎年同じことをやるわけでもないし、移譲する場合でも、その方式や自治体ごとへの配分方法は、かなり難しいので、当面、毎年行う「整備費等」に的を絞って要求した経過がある。
 
 こういうことで、税源移譲の額に比して、補助金等の削減額を多めにリストアップしている。いずれにしても、税源移譲が一定の「リストラ」と論理的に連動している構図になっているわけではあるが。

2)「すったもんだ」の経過と結論

①まず、地方から見ると「決着」済みのハズの義務教育費国庫負担金の削減については、省庁間の協議によって、文科省の諮問機関である中教審の特別部会に、その是非が委ねられた。ここには、地方の代表や、地方代表という資格ではない地方の首長(片山鳥取県知事など)が入っていたが、特別部会の結論は、現行の義務教育費国庫負担金(教員給与の二分の一の負担)を「維持」すべきとうことで、中教審の総会でも確認をされた。

②地方からの代表の対応は、片山知事などは国の責任や安定した財源確保から、上記の結論に賛成をしたが、全国知事会代表などは、当然に反対をした。
ここには、義務教育費をめぐる今日的な議論が反映されているが、ここでは省略する。地方代表は、義務教育費国庫負担金の削減を含めて、結論は、国と地方の協議で決めると述べたが、実際にはその通りになった(中教審の形骸化)。

③国は、総選挙を経て、新内閣の下で判断するということで、結論を先延ばしにしてきたが、選挙後の新内閣では、小泉首相は「地方の要求を尊重」すると、全国知事会の場などで、繰り返し述べていた。各省庁が税源移譲対象とする補助金等を洗い出すことになり、安部官房長官が各省庁に金額の割り振りまで行う状況となった。そこで、出てきたのが、生活保護における住宅扶助・教育扶助費の負担金を削減するというものであった(厚労省)。

④11月25日には、厚労省は、地方との協議を一方的に打ち切り、この路線で走る方向を示した。その間、安部官房長官なども、生活保護費負担金の削減をやむを得ない方向として是認する発言を行っていた。
 地方は、11月14日にNHKホールで全国決起集会を開催し、地方案に基づいた税源移譲を行うように要求を強めた。また、政令市長会などは、いち早く、生活保護費負担金の削減を行うなら、国への生活保護のデータ報告など(法定事項ではないが)をストップするという強い抵抗を表明した。
 これに、全国の都道府県や市長会なども合流して、強い流れとなっていった。

⑤こういった地方の猛反発の中で、最終的に与党・政府協議として、生活保護費の国庫負担の削減は「阻止」されることになった。そのかわり、地方が反対していた「児童扶養手当」の国の負担割合を、現行の4分の3から3分の1に引き下げる。また、義務教育費国庫負担金については、現行の2分の1の国庫負担を3分の1とすることで「妥協的」な決着となった。
 公共事業については、一時は、生活保護費の国庫負担金の削減と「抱き合わせ」で、一定の税源移譲の対象とする方向などが「妥協的」に示されたこともあったが、最終的には、削減額の5割を移譲する方向になった。

⑥麻生渡全国知事会長は29日夜、東京都内で記者会見し、国・地方財政の三位一体改革に関する政府、与党の合意について「地方分権を進める上で前進だ」と述べ、地方6団体として受け入れる考えを示した。


3)結果をどうみるか。

①かなりアバウトな経過報告になったが、この「結果」をどうみるか。
財政学者の中には、三位一体改革(筆者などは、以前から、裏バージョンとしての地方債問題を重視してきたが、この論点は、立場は違うが土居丈朗氏なども強調している)のあり方として、税源移譲と補助金等削減が先行していることを「批判」する論者がいる。つまり、地方交付税問題が先送りされ、税源移譲と補助金との「相殺」の下で、地方の交付税依存が強まるという批判である。
 交付税をどう見るかの立場を横において、論点としては「ありうる」議論ではあるが、これは政治的に見るとナンセンスである。

②三位一体改革の本質は、「国から地方へ」「官から民へ」という小泉構造改革のスローガンを、国と地方の財政関係を通じて、実現しようとするものであるが、一定の税源移譲を行わずに、国から地方への財源保障機能としての「交付税」のみを「改革」することは、様々な困難がある点が見逃されている。
 
 筆者は以前から、税源移譲は地方の期待や一部の財政学者の「地方の自由度の拡大」「地方分権」などの議論は不十分であり、交付税改革の「突破口」として、位置づけられる可能性が強いことを指摘してきた。逆にいうと、これまでの国の「頑迷」な、財源の「囲い込み」から「移譲」路線に転換する(これは、それまで、殆ど期待できないと評価される向きもあったー分権推進会議では、税源移譲は、増税と一体であり「移譲」という用語も使用されなかった)ことの、新自由主義改革「促進」への役割を指摘したものであった。

③交付税の「改革」がネクストステップであることは「自明」であるが、既に交付税「改革」は地方財政計画による地方財政抑制と一体になって、進行中である。 
 今回の結果について、地方の代表は、義務教育費国庫負担金の曖昧な「決着」や児童扶養手当負担金の削減等に不満をのべつつ、「税源移譲」3兆円の結果については、一様に「評価」の立場を表明しているようである。
 中には、「地方分権」のスローガンにも拘らず、権限の移譲が行われていないことに不満を述べている部分もある(全国市長会長など)。
 しかし、よく考えてみると、これまでの地方分権の議論の中で、権限の移譲論が出てくるのは、市町村合併問題のみであった。つまり、権限の移譲ができる「規模能力の拡大」という文脈である。また、第1次地方分権改革(地方分権推進委員会の段階)においては、自治体から権限移譲の要求がでないことが分権改革の「障害」と見られた時期すらあった。

④交付税の「改革」問題を考えると、日本経団連の国と地方の役割(権限の横割り)の明確化と財源の一元的な配置が想起される。土居丈朗氏なども、殆ど同じ議論を展開している。
 つまり、ナショナルミニマム(この水準が示されずに、言葉が一人歩きしている点が一番怪しい部分であるが)は、国が保障すべきであり、国の負担金(名称は兎も角、地方に確実に交付する)で行い、その他のローカルオプティマムを保障する財源は、全て地方の財源で行うべきである。とする主張である。
 大変に「分かりやすい」議論で、かつてのシャウプ勧告などの想定した、横割り事務配分への期待とダブル部分もある。

⑤この議論の「空想」的な内容は、現実の日本の国と地方の財政関係は、横割りの事務配分ではなく、縦割りも「含めた」機能分担になっている点をどのように「改正」するか、その手法と内容が示せないことである。
 恐らく、悲惨なナショナルミニマムの「水準」が想定されることになる点も、この議論の本質の一端であろう。
 元々、日本の政府間財政関係は、仕事の分担の量や質とは、関係なく「財政の負担割合」が、一方的に規定されている。地方財政法では、責任と負担も連動していないし、負担の率も財政法で規定されているわけでもない。だから、国の負担率が減少したからいって、関与や役割が減少するわけでもない。

4)今後の動向
①と、いうわけで(なんのこっちゃ?)、「痛み分け」などの議論では、その本質は見えてこない。このような見方は、官僚の抵抗とか、省庁間の争い(省利省益論の延長)などの「くだらない議論」を国と地方に「延長」して見せただけである。まあ、実際、地方でも「官から民へ」の動向は、国以上に進展しているので、地方が国に対して「自由にやらせろ」という要求も、住民の立場から見ると、かなり怪しいものになっているので、国と地方の利害関係にも、これまで以上に注目する必要があることは必要ではあるが。

②交付税への依存は、これまで以上に強まる。税源移譲と補助金の削減額にアンバランスがあり、地方間の格差も拡大される(東京の一人勝ち論などは一面的であるが)。地方財政計画も圧縮を加速するだろう。地方交付税は、結局の所、この財政計画を所与のモノとして(というか、交付税の総額を出すための法的位置づけなので当然ではあるが)、「逆算方式」(補正率その他の操作)によって、基準財政需要額が算定されていく。
 だから、この制度を弄ることによって、なにか住民の利益が守られるというようなものではない。結局のところ、この基準財政需要額の「出し方」や住民生活のどの部分を財源的に保障するのか、という「住民の福祉」のレベルの設定(住民要求の実現)にかかっているわけである。

 つまり、「官から民へ」という新自由主義・構造改革の時流に乗って推進しつつ、交付税の維持を述べるのは、自家撞着であることを自覚すべきなのである。その地方が持つ矛盾に、住民や運動の側がどのような角度から働きかけるのか。難しい課題ではあるが、自治体労働者の役割もかなり重要な要素になっているように思われる。国から「自立」するのは結構であるが(これも条件つき)、住民から「自立」した自治体ほど始末に困るものはないのである。

 ●以上、何も資料を参照しないで、バタバタと書いたので「未定稿」としておきたい。もう少し、様々な論点から書くつもりで、書き始めたが、横路に逸れて、本道に戻らなかった(笑い。