2007年02月26日(月)
地方財政の変容―構造改革の帰結と問題点①
★この拙稿は、『建設政策研究』に掲載した論考に一部手直しを加えたものである。「三位一体改革」について、アバウトな総括を行い、②において、2007年度の「地方財政計画」のポイントについて、批判的に検討し、安倍内閣の下で推進されている「地方分権」の怪しさについて検討を加えた。ごく、短い論考のため、若干「詰めて」かいてあるため、わかりにくい点があるかも知れない。ご海容をいただきたい。
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はじめに
本稿では、最近の地方財政の変容、とりわけ小泉構造改革によってどのような変化が生じ、また安倍政権がこれをどのような形で継承しようとしているのかについて、「三位一体改革」の評価や地方財政計画等を中心にして、問題点を簡単にサーベイすることにする。
事実関係を中心にして検討するが、「構造改革」=新自由主義政策のもとで、「地方分権」が様々な勢力によって無批判に追求されていることが、「地方」をして住民生活をカットする「マシーン」と化し、同時に国が医療・年金などの社会保障改悪に本格的に「専念」できる条件を醸成しているという問題意識を背景にしている。すなわち、新自由主義的「地方分権」の本質が、「分権型福祉破壊国家」を促進する重要な要因になっているという認識である。
全国知事会などが、自己否定とも受け取れる「道州制」を論じ、自己決定、地方の裁量度の拡大、自由度の拡大、自立と責任などを標榜しつつ、自民党の改憲構想に「便乗」して、地方制度を「改革」しようとする姿勢などは、以上の状況に対応した危険な動きである。
これらの状況から、実践的に導き出される結論は、憲法擁護の運動と地方自治、住民生活の擁護を一体的に推進し、憲法の「平和的生存権保障」を担う自治体への「転換」を、住民運動やオルタナティブの提起によって追求することの重要性である。
Ⅰ)三位一体改革の「結果」をどうみるか
いわゆる「三位一体改革」は2002年の「骨太方針2002」に登場し、「骨太方針2003」によって、方向を決定づけられたものである。そのポイントについては「『官から民へ』、『国から地方へ』の考え方の下、地方の権限と責任を大幅に拡大し、国と地方の明確な役割分担に基づいた自主・自立の地域社会からなる地方分権型の新しい行政システムを構築していく必要がある。このため、事務事業及び国庫補助負担事業のあり方の抜本的な見直しに取り組むとともに、地方分権の理念に沿って、国の関与を縮小し、税源移譲等により地方税の充実を図ることで、歳入・歳出両面での地方の自由度を高める。これにより、受益と負担の関係を明確化し、地方が自らの支出を自らの権限、責任、財源で賄う割合を増やし、真に住民に必要な行政サービスを地方自らの責任で自主的、効率的に選択する幅を拡大する。同時に、行政の効率化、歳出の縮減・合理化をはじめとする国・地方を通じた行財政改革を強力かつ一体的に進め、行財政システムを持続可能なものへと変革していくなど、『効率的で小さな政府』を実現する。」と述べられている。
また、その改革の「望ましい姿」として①地方の一般財源の割合の引上げ②地方税の充実、交付税への依存の引下げ③効率的で小さな政府の実現が指摘さている。
「三位一体改革」は、一般的に税源移譲と国庫補助負担金の削減をセットで実現し、合わせて地方交付税改革を行うことと言われているが(自治体の市場化を促進・決定づける地方債の市場化=自治体の市場原理主義的運営を含むが)、上記引用にもあきらかなように「地方交付税の削減」が明確に述べられている点が注目されるべきである。
さて、2004年~2006年の3年間(実際には2003年の「改革」を一部含めるが)に「補助金改革」(国庫補助負担金の削減と補助金の交付金化)として4兆6661億円が削減された。これは、「国の関与の最大の根拠」と言われてきた補助金を削減することによって、国の地方への関与を縮小すると説明されている(もちろん、そういう側面があることは当然である)。そして、これに対応して、3兆94億円の税源移譲が行われた。
国庫補助負担金の削減の内容をみると、2004年度に「公立保育所運営費等」が一般財源化し、2440億円の税源移譲が行われた。また、同年に「義務教育費国庫負担金」の一部(退職手当、児童手当分)が一般財源化=税源移譲の対象化となった。2005年度には「国民健康保険等」「義務教育費国庫負担金」の合計1兆1160億円が税源移譲の対象となった。2006年度は、2005年度と同様の手法で6269億円が税源移譲の対象となり、2005年11月の政府・与党合意において三位一体改革の最終結論として、以上に加えて「児童扶養手当、児童手当、施設整備費」が税源移譲の対象(一般財源化)となり、6106億円の移譲となった。
これらが、「国庫補助負担金の削減」の内容であるが、義務教育費国庫負担金の削減(補助率二分の一から三分の一へ)や児童扶養手当・児童手当の削減は、多くの議論を呼び、国の「ナショナルミニマム保障」の後退であると批判をされたことは記憶に新しい。
義務教育費国庫負担金の削減を「補助率の削減」という手法で行ったことへの批判も大きかった。ただ、地方6団体の補助金削減要求のリストに「地方分権促進」の立場から、義務教育費国庫負担金の削減があげられていた点は、内部での議論が割れたことも含め、十分な総括が必要であろう。地方の中には、義務教育が地方の「自治事務」であることを強調し、地方教育委員会の廃止や首長の権限強化などと共に、義務教育費の財源を地方に全面的に移譲することを要求する潮流も大きい。ここでは詳細は省くが、少子高齢化の進行の中で、小中学校の統廃合が進行し、地方によっては義務教育費の逼迫が予想される中で、国が財源も含めてどのような「保障」を行うべきか、真剣に議論する必要があろう(この点については、拙稿「義務教育費国庫負担金の一般財源化と自治体再編─公教育費の動向と『三位一体改革』─」、『自治と分権』第17号、2004年10月を参照)。
注目すべきことは、以上のような補助金削減→税源移譲に関する国=地方の「協議」の中で、生活保護費国庫負担金の削減(補助率削減)などが繰り返し持ち出されたことである。また、地方が要求もしなかった児童扶養手当の削減などが実際に行われたことや、国民健康保険に都道府県の財政が投入されるようになったことなども、今後の「一層の地方分権」の行く先をみる上で看過できないものがある。
さて、補助金改革等が4兆6661億円であるのに対し、税源移譲が3兆94億円であるのは、補助金の交付金化を別にすると、自治体のスリム化=税源移譲の伴わない補助金の削減が約1兆円ほどあることによる。つまり、税源移譲と補助金等の削減は「見合う」ものではなかった(当初より義務的なものは10割、任意のものは8割とされていた)のである。
次に「交付税改革」について述べておきたい。先に指摘しておいたように、地方交付税は「削減」が目標となっていた。交付税の削減は「地方財政計画」の縮小をベースにして、つまり地方の財政支出の縮小によって、これを担保する地方交付税を削減するという手法がとられた。
小泉政権になって以降、2002年度は小規模自治体への「段階補正」「事業費補正」(公共事業対応の地方債の後年度交付税への措置)の縮小で0.8兆円の減少、2003年度は県の留保財源率の引き上げ(20%→25%へ、一般的には都市部自治体が有利と言われる)等で1.5兆の減少、2004年度は三位一体改革の初年度であるが、これが衝撃的で1.2兆円の削減(臨時財政特例債を含めると2.9兆円の一般財源の縮小ということになる)、2005年度はその反動で総額維持(臨時財政特例債は1兆円の減)となったが、2006年度は地方財政計画における予算と「決算」の乖離の縮小などを含め1兆円の減(臨時財政特例債を含め1.3兆円の減)となった。つまり、三位一体改革中に総額(一般財源)で5兆円以上の減少となっている(臨時財政特例債は一般財源「等」に含まれる)。
このようにみてくると、三位一体改革中に国から自治体への移転財源は6兆円を超える「減少」となったわけである。

そこで、以上の状況と国と地方の歳出純計の推移(図-1)とを純計連動させて考察してみると、小泉内閣が実際に予算編成を行った2002年度から、地方の歳出純計が減少しており、2004年度まで継続している。また、国の歳出純計は小渕、森内閣にかけて公共事業の拡大を伴ってかなり増大し、その反動から2001年には縮小している。小泉内閣は「小さな政府」を目指したハズであるが、実際には国の歳出純計は殆ど減少しておらず、反対に2004年度は増大を示している。実質的に三位一体改革が開始された(芽出し)2003年以降は、地方財源への圧迫によって、国の歳出純計を維持・拡大している様子が見てとれる。
2005年と2006年は、厳密な数字は公表されていないが、地方財政の縮小傾向は加速している。2003年から2004年以降は地方税収は拡大しているにもかかわらず、こういった状況を示しているわけで、明らかに政策的な地方財政「緊縮」=歳出削減の「強制」であると言って差し支えないだろう。2007年度の国の予算と地方財政計画を比較すると、国の一般歳出の伸びが1.3%であるのに対し(国債依存率が37.6%から30.7%に低下している中で)、地方財政計画の一般歳出は△1.1%となっている。


