2005年06月07日(火)
第5回小さくても輝く自治体フォーラム
●6月4日~5日、新潟県関川村において「第5回小さくても輝く自治体フォーラム」に参加をして来ました。関川村は、「何もない村だからこそ、住民みんなが団結して、力を合わせて生きてきた村」ということでしたが、どうして、どうして、中々に豊かな自然と(1967年の大洪水の時は、私のクビの高さくらいまで、河が氾濫して増水したということでしたが)、それなりにインフラの整った村、「たいしたもん蛇(じゃ)まつり」(1988年から)とか、若い人も含めて新しい祭りまで作り上げてしまう「大したもんじゃ村」でもあります。
「歴史と道の館」(歴史郷土館)では、田邊順一氏の写真展をやっておりました。彼とは、実は20年以上前に、『革新都市政策』という本を出版する時に、グラビアを作成して頂いた関係で、時々、写真展なども見にいっておりましたが、「こんな所に出没していたのか」とビックリ。
老人の写真が得意なカメラマンで、彼の行くところ、福祉あり、医療あり、人生の喜びと涙あり。どうでも良いような場所には絶対に近寄らない、その嗅覚には一目も二目も置くところです。昔は『沢内村奮戦記』などのグラビアも手がけておりましたので、ご存じの方もいらっしゃるかと思います。
●村長の平田大六さんは、根っからの酒造の専門家であり、村長になるまでは、村上市(隣の自治体)の酒造会社の社長でもありました。著書の『ひとつだけの村』を購入し、サインも戴いて来ました。
関川村で、困ったことは、酒が美味しくて(平田さんが社長をやっていた会社の「大洋盛」の純米吟醸は美味しくて、「はかがいって」困りました(笑い。
●さて、今回の「フォーラム」の全体としての印象を述べておきましょう。
2日目に、参加者みんなで確認した「アピール」は「『小さくても輝く自治体』のあらたな出発に向かって」となっているように、市町村合併問題に一つの区切りをつけて、今後の発展の道を模索するというものでした。
政府が音頭をとった「平成の大合併」は、昭和の大合併の98%の達成率という水準と比べると、明らかに「不首尾に終わった」という評価(人口1万人未満の自治体も500近く残った)に見られるように、このフォーラムなど、「全国の小規模自治体による積極的な試みが成功し、定着した結果だと言えないでしょうか」とその意義を述べておりました。
平成の大合併は、昭和の大合併と異なり、小規模市町村の整理統合だけではなく、「中核市」「政令市」の新たな誕生が少なくないように、より「大規模な自治体に再編」して行く流れもありますので(グローバリズム対応の合併劇)、小規模自治体の「残存」だけで、今回の合併劇全体の評価をすることは、不充分ではあります。しかし、小規模自治体の奮闘は、「喉に刺さった小骨」以上の役割があり、「自治とは何か」という本質を考える上で、重要な奮闘であったことは確かでしょう。
その小規模自治体の運動を「不安」「不満」から「運動」「政策」「対抗」に発展させてきた「小さくても輝く自治体フォーラム」の役割は、歴史的にみても、語られ続けることになると思います。そういう意味で、今回のフォーラムの呼びかけ人25人の首長さんや、裏方として奮闘されてきた自治体問題研究所の皆さんには、心から敬意を表したいと思います。
このような運動や政策論議なしに、小規模自治体が簡単に再編されていく展開になっていたとするならば、今日の小泉構造改革に反対する運動のよりどころは、かなり縮小されていたと思われますし、自治の圧殺に、日本の自治体は逆らわなかったという「歴史的評価」がくだされたかも知れません。
●こういった全体評価を前提にして、すこし具体的に今日の到達点と今後の方向について、述べておきます。
①小規模自治体の「存続」保障はまだない。
文字通りです。西尾メモに現された人口1万人未満(数字は隠していましたが)の自治体の存続は、まだまだ、第28次地方制度調査会における議論を経て、放置できない事態が続いています。これは、日本の自治体を考える場合、道州制導入と共に、大きな課題になると思われます。
②運動は地方交付税の機能確保への世論結集へ
多くの「自立自治体」(非合併自治体)の方向は、三位一体改革の成りゆきによって大きな影響を受けます。三位一体改革は、税源移譲の政治的インパクトを活用しますが、実務的には「補助金削減」→「税源移譲」→「交付税の財源保障機能の縮小」という方向になっています。これは、交付税の制度的「改悪」の方向ですが、現在は、制度改悪に先だって、臨時財政対策債への振り替えや地方財政計画全体の縮小による交付税縮小が行われてきました。しかも、交付税の財源保障機能の縮小は、政府の2003骨太方針などに「明記」をされているわけです。
地方6団体は「地方交付税総額の確保」をスローガンにしておりますが、これは、来年度までの「賞味期限付き」の話しであり、所得税などの税源移譲が行われれば、当然に移譲された分×32%の交付税が減収になります。
ここで、交付税の制度改革が行われなければ、自治体間格差が拡大し、小規模自治体は大きなダメージを受けることは必定です。しかも、地方と都市の「矛盾」だけはなく、自治体の規模による「矛盾」も以前より拡大されるでしょう。数も減少して来たなかで、小規模自治体(と言っても人口だけが小規模であり、面積はそれなりに大きい自治体も多い)影響力の低下も無視できない情況になります。運動の質が決定的になると思われます。
③財政計画・住民協働・まち(むら)づくりへ
「自立(自律)自治体」の運動の方向を見ると、「合併しない」という議論から、明らかに「まちづくり」「むらづくり」という方向になっていることが、今回のフォーラムで確認されました。
その中で、財政計画の役割がかなり重視され、どの自治体も、それなりに知恵を絞って、地方交付税がある程度(30~35%)削減されても、破綻しない財政基盤の構築を目指しているように思います。こういったことは、人件費の削減や、事務事業の縮小(リストラ)、事業のアウトソーシングなどを必須のものとしますから、「どういう基準」によって、こういった方向を達成するのかが問われます。
小規模自治体では、総務省などに言われる前から「住民協働」は、折り込み済みであり、また、血の通った協働が現に行われている自治体が大半です。リストラのための協働と、自治の拡大を目指した協働との違いは、微妙な問題を含みますが、単純に同じものとは言いがたいものです。何のために「自治体の存続」を求めるのか、この「目的」の違いは大きいでしょう。
④自治の政治的単位であれー憲法上の地方公共団体
行政の規模を圧縮する方向での、最後の砦について、津南町の小林町長などは「自治のナショナルミニマム」を主張しています。行財政の見直しを通じて、最後まで「死守」する基準をナショナルミニマムだというわけです。
泰阜村の松島村長は、「福祉、水道、障害者」だけは死守して、後は県の補完性の原理によるサポートに委ねるとのべおりました。これもある意味で、地方のナショナルミニマムだということでしょう。
私は、これに、「自治の政治的単位」という基準を付加したいと思います。つまり、あくまで「自治体」であることを維持する、という方向です。憲法に保障された「地方公共団体」であるという意味を、実質的に確保するということでもあります。この「基準」がハッキリしていないと「地域自治組織」とどこが異なるのか、という話しも出てきます。
長野県栄村と新潟県津南町などは、県境を越えて、ゴミ・し尿・火葬場から、観光地の秋山郷などにおける保育園の相互乗り入れ、津南町立病院の診療車の栄村巡回など幅広く、「広域的連携」「共同」の取組をしてきた歴史があります。津南高校への長野県からの越境入学もあります。今後は中学校の県境を越えた「統合」なども視野に入ってくるかもしれないと津南町の小林町長は述べています。このような連携は、それぞれが「自治体」としての単位を維持しているからこそできるわけです。二つの自治体の実践と比べると、これでの市町村合併狂想曲が如何に怪しげなものであったか、良く理解できます。
⑤補完性の原理考ー都道府県の役割
松島村長は、躊躇いなく、県による補完性の原理と述べましたが、これは長野県が小規模町村を支援する体制を整えつつある現状を踏まえた発言です。他県では、色々とありますが、本格的なサポートになるのか、新合併特例法による「勧告」なども駆使した「合併促進」になるのか、まだまだ予断を許しません。
氏名は特定しませんが、発言の中に、今後の都道府県の役割は「補完性の原理」だけ、というものがありました。これは危険な議論です。都道府県を町村の立場から否定して(「幕府」より身近にいる「悪代官」が憎いという感情は、結構広範にありますが<笑)、得るものは少ないでしょう。都道府県を上下から「形骸化」させて、残るものは道州制だけです。もっと、町村の立場から、都道府県の「あるべき姿」や「町村支援の具体的な内容」について、詰めた議論をする必要があります。
都道府県の側も、現在の「ママ」で、存在意義があると「あぐら」をかいていると、これは大きな間違いでしょう。
⑥都市と農村の連携と交流
そのほかに、都市と農村の連携・交流の問題があります。これは、かなり意識されるようになっていると思います。今年の集会では、農村との連携をめざした都市における運動が紹介されました。
内容はともかくとして(失敬!)、都市の自治体労働者の方が、「小さくても輝く自治体フォーラム」に参加をすることは、大変に有意義だと思います(なんと言っても「気概」「やる気」「迫力」ありますよ)。また、都市の自治体の参加によって、地方の小規模自治体の方も、盲点になっている問題に気づくこともあると思われます。
●都市部と農村部の関係が、相互に規定しあうものであり、これによって今後の地方自治の発展の方向が決まってくるように思います。

