2006年08月09日(水)
田中康夫前長野県知事の落選について考える
●田中氏の落選については、選挙直後の「トピックス」において、基本的な見方について書いたの参考にしていただきたい。大した分析は行っていないが、要点だけまとめると以下のようになる。
1)話の大すじ
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①(田中、村井陣営)双方とも政党が前面にでない(出せない)選挙であった。
②村井氏は、公明党の力を借りなければ勝てなかったわけで村井県政は「自公県政」である。利益誘導政治の今後の動向についてもこの点から見る必要がある。
③田中氏が敗北した「直接」の原因は、民主党が推薦できなかった点にあるが・・・県内経済界の離反が大きかった。
④田中前県政への評価は、功罪半ばするという評価が一般的であり(共産党の評価もそれに近い)、県民にとっても複雑な判断を強いられる状況であった。
⑤村井氏が勝利したというより、田中氏が「敗北した」選挙であった。村井氏は殆ど政策らしい政策を掲げていない。県民の判断は、「よりよい候補者」ではなく「よりましな候補者」の選択になってしまった。
⑥田中県政の積極的な側面の「なりゆき」を今後見届けることはできなくなった・・・
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2)選挙のかなり前の認識
以上のような視点は、現時点でも変えていないが、言葉足らずもありもう少し敷衍して論じてみたい。
私は、今年に入ってから長野県内の学習会とか、自治体のヒアリングなどで、地元の人たちと交流し、田中氏が再び立候補するかどうか、再選はあるのかなどについて、色々と話を伺った。
最近の田中氏をめぐる状況については、議会との「対立」というような政治的なパフォーマンスを超えて、県議会から偽証罪で刑事告発されるなど、かなり「窮地」に陥っていたというのが実感であった。また、新党日本の「党首」になるなど、国政レベルの活動を始めていたので、正直いって、また立候補するという感覚もよく理解できなかった。更に言えば、立候補しても当選出来ないのではないかという判断もあった。
ところが、地元の方たちの大方の判断は、「また立候補するだろう」ということと、「色々あっても知名度が抜群なので、かれに勝てる候補者はいないだろう」ということであった。労働組合の方たちの田中県政への評価はかなり厳しく(特に県庁内)、「いい加減にして欲しい」というような雰囲気も感じ取れた。
恐らく、こういった雰囲気は、田中氏に反対する勢力も感じていたのだと思う。だから、対立候補者もなかなか決まらず、村井氏に決まったのは、「消去法」だったとすら言われている。しかも、村井氏は昨年の総選挙に当たり郵政問題で自民党執行部と対立して、事実上政界を引退していた身であった。どう見ても、田中氏に勝てる候補者だとは思われて居なかったのが実相であろう。
3)あっけない落城という雰囲気も
しかし、村井氏に候補者が一本化し、田中×村井という選挙になることが確実になる頃から、「結構、接戦になるのでは」という雰囲気は出てきた(というか、私の判断は随分と前から田中氏の神通力はかなり落ちているし、そろそろ見限られるような気がしていた)。マスコミも意識的に互角の闘いに持ち込むような「客観的」(というか、客観性を装う)な報道をしていた。
今回の選挙結果は、78000票の差である。トピックスには「一応接戦」と書いたが、事前の雰囲気からすると結構な差がついたというか、「なんか、随分と簡単に負けてしまったな~」という印象もある。結果をみて、「こんなことなら、オレが立候補すれば良かったな」などと思っている不謹慎な輩もいそうである(笑い)。
県民から見ても、田中県政は手放しで評価できるようなものではなく、「よりよい候補者」という積極的な応援の姿勢にはなかなか立てなかったと思う。前回の選挙で田中氏に投票した人の30%が村井氏に回っていること、無党派層も40%が村井氏を支持したこともこのような見方を裏づける。
選挙における「得票差」を見ると、なにか最後は「張り子のトラ」になっていたのだと思う。なかなか対立候補者の選考も進まず、右往左往していたのは、田中氏の過去の政治的カンや辞職再選挙というような意表を突く「ハッタリ」を過大評価し、幻影におびえていたような感じすら持つのである。
4)田中県政の評価は?ー評価出来る部分もかなりあるが
①このような状況に立ち至った背景は、田中県政の評価に関わるだろう。現在、日本の経済は「いざなぎ景気を超える」長期にわたる拡大基調であるとされているが、国民の実感は程遠い。長野県においても、県南や中部のハイテク産業が集積する部分では「それなり」の水準を維持しているようにも見えるが、海外への進出も止まらず、雇用や給与なども低空飛行を続けている。北部のように目立った産業がなく、観光なども全国的状況を反映して停滞している地方では、自治体の財政危機や公共事業の抑制などもあり、命綱も怪しくなり出口のない閉塞感にとらわれていたのが実情ではないか。
もちろん、村井氏が当選したからといって、昔のような公共事業主導型の県政が復活することは考えられないし(建設業界は早速はしゃいでいるようだが)、福祉などは更にカットされる可能性が大きい。
元々、県内の経済界が田中氏をおしてきたのは、ハイテク産業の多い長野県では、公共事業を行っても経済界にメリットが薄く、いわゆる土建関係だけが潤ってしまうという矛盾があり、これが利益誘導政治となって、県政を歪めていることへの苛立ちがあったと思われる。そこに、オリンピックを活用した大盤振る舞いがあり、決算帳簿も隠蔽され行方不明になるといったデタラメな県政になっていた。
田中氏の周辺には、ハイテク産業やITに強いスタックがいなかったと言われているが、経済界から見て、田中氏の産業政策はどうしてもクビをすげ替えなければならないという程のものであったかどうか。むしろ、経済界がこぞって反田中に鞍替えしたのは、村井氏の政策に積極的な展望を見いだすというより、今後4年間、今の調子でやられたら、長野の政治や経済が立ち行かなくなるという「危機感」の方ではなかったか。
②こういった地域産業活性化への展望が持ちきれず、田中氏が大きく敗北した北部に代表されるような地域の地盤沈下が、田中県政にボディブローのように効いてきたと思われる。同時に、これが「政治的な離反」につながるのは、一連の政治紛争だったと思われる。
端から見ていても、「これは駄目だな」と思ったのは、泰阜村への住民票の異動問題や、旧山口村の越境合併で住民投票が行われ民意が出ているにも拘わらず、議会との関係でこれを「政局」に持ちあげたことなどである。田中氏が住民票を移した泰阜村では流石に545:736 で田中氏が勝っているが、もともと田中氏が強かった地盤を中心にして「南信州モデル」として市町村を県がバックアップしていく政策をとったわりには、得票は全体に伸び悩んでいた。
③田中県政は、「脱ダム宣言」をはじめとして、問題をスローガン化し住民に「対立点」「争点」がよくわかるように政治を解明するという手法に優れていた。もっとも、ダムに代わる積極的な治水計画のありようであるとか、本当にダムがない方が安全で環境保持によいのかという実証面はあとから「ついて行く」という批判もかなりあった。しかし、時代のトレンドを先取りした政治的判断や、自治体の公共事業依存を糾し、福祉と維持可能な環境政策を重視する方向は間違っていなかったと思われる。
パンダの檻のごとき知事室(インタビューで訪問した時も、気恥ずかしかったし、秘書課の職員の方たちが気の毒になった)もどうかと思うし、情報公開制度などもある意味で恣意性が感じられた。一番信頼を損なったのは、人事政策や職員とのコミュニケーションの欠落だったのではないだろうか。連合長野が、村井氏の支持に回ったのは、その意味で偶然ではないだろう(褒められる行動ではないが)。
あまり表にでない政策ではあるが、同和事業への補助金の全廃などは勇気のある政策であった。また、市町村への福祉=託老所設置補助であるとか、かなりきめ細かい施策もあった。財政危機の下で、いち早く30人学級の実現に向かうなども積極的な政策であっし、財政再建という面でも一定の前進があったことも認める必要がある。
あまりにも強い「個性」と政策が渾然一体となって展開されたため、住民にはよくその本質が理解できなという「難点」もあった。政策の議論と人格の議論がゴッチャになるという様相もたびたびあった。
5)田中県政の置きみやげ=今後の県政
最後に田中県政の「置きみやげ」について述べておきたい。
①滋賀県で嘉田新知事が誕生したのも、今回田中氏が敗北したのも、背景には地域の荒廃や環境の劣化、住民所得の格差拡大、生活の困難化という地域経済衰退の問題があったと思う。同じ状況から「違った」結論が出てくるのは、感性の問題もあるが、日常的な住民の運動のあり方や、政治勢力の政策力量、自治体職員と住民のコミュニケーション、地域における諸団体の様々な意味でのやる気や力量など、数え切れないファクターがあるだろう。
②地域の政治を住民に身近なものにしたことは、田中県政の最大の貢献だったと思う。恐らく、長野県で県政問題が住民の口にのぼることが日常化したのは、田中県政以後だと思われる。
全国的な状況を見ても、田中氏の登場を前後して、よくもわるくも個性ある知事や首長がかなり多くなり、自治体が住民に「近づいて」きたことは否定できない。政党の駆け引きによる「密室政治」という手法は恐らく今後も低落していくだろう。
同時に、東京の石原知事もそうであるが、議会を軽視したトップダウンという政治手法への傾斜も見られる(かつての「伏魔殿」復活=浜渦氏の参与への再採用=という評価もあるが、そう簡単ではない)。オリンピックの誘致を契機にした、グローバル資本本位の都市環境整備や都市づくりへのヒト・モノ・カネの投入という、露骨な「新自由主義政策」も財政危機とのかねあいはあるが、強まっていくだろう。
行政が市町村=身近な自治体に移譲されればされるほど、住民の生活が自動的に良くなるというわけではなく、地方分権の「あり方」も微妙な問題を提起している。行政が公的な責任を全うするためには、政治が住民の要求を把握し、議会が住民代表として機能する必要があるし、職員を含めた行政機構が、住民生活を全面的かつ正確に把握し、住民参加や議員の活動をサポートし、同時に公正・公平な行政を展開するというシステムが確立して行く必要がある。
田中県政は道半ばではあったが、こういった方向に近づく可能性ももっていたように思う。「新しい福祉国家」の形成と、それを地域から支える自治体をめざす今後の全国的な運動に期待をしたい。

