2005年07月17日(日)
都議選の結果と二大政党制の行方
郵政民営化の問題について、書いている途中ではあるが、忘れないうちに、東京都議選の結果についてどう見るのか、感想を記しておきたい。
1)選挙結果の概要について
①投票率は史上2番目の低さ(一番は、97年)で43.99%であった。投票率の低さは、必ずしも「争点の不在」を意味しないが、いわゆる「無党派層」の動向とも関わって、選挙結果に小さくない影響を与えてきた。
②議席についてみると、自民党(前回当選数53→48)、民主党(22→35)、公明党(23→23)、共産党(15→13)、生活ネット(6→3)、社民党(0→0)、その他(8→5)という結果であった。
③立候補数を見ると、97年が264人、01年が244人、今回は220人と毎回減少し、少数激戦となっている。無所属が大幅に減少し、政党選挙の様相が強まっている。
④石原知事と候補者の関係を見ると、民主党も「与党」的な対応をしてきたにもかかわらず、知事が応援をしたのは自民党だけであり(前回の選挙期間中は「外遊」)、14勝6敗であり、知事の元選挙区であった品川で完勝している。
2)結果の政党別「評価」
今回の選挙結果の「評価」は意外と難しい面がある。全体として見ると、民主「躍進」、自民「減少」、公明「完勝」、共産「減少」、ネット「完敗」、社民「崩壊」ということになろうが、内容はそう単純なものではない。以下、政党別に検討をしつつ、問題の所在を解明して行こう。
①自民党は、53から48に減少したので、敗北ではあるが、思ったほど減少しなかったのも事実であろう。都連の八代代表も「それぞれが健闘した」という評価をしていたが、本音だろうと思う。得票数を見ると前回の172万票から134万票に減少しているが、昨年の参院選では146万票なので、投票率等を勘案するとそれほどの減少ではない。また、93年以前の得票をみると概ね140万票から150万票前後で推移している。
ここから、自民党としての「基礎票」は出ていることが理解でき、長期低落傾向は否定できないものの、比較的「安定」しており支持基盤が大きく崩れているとは見なせない。但し、今回は公明党との協力によってかなり「上乗せ」できていることを加味すると、次回以降の展望はなかり「厳しい」ものがあろう。
選挙区毎の結果を見ると、落選と全員当選を地域ごとにみてもあまり特徴がなく、「タマ」の問題や個別の原因の方が重視されてしかるべきと思われる。
②民主党であるが、マスコミは基本的には「躍進」と評価した。確かに22から35への前進は大きいものがあり、国政を先取りする「都政」における二大政党制への一歩前進であるとみることも可能である。しかし、思ったほど「伸びなかった」という印象を多くの人が持ったことも事実であろう。
実際、昨年の参院選では東京区で2人を当選させ191万票(比例区東京では215万票)を超える得票をしていることから見ると、今回の109万票はいかにも少ない。候補者も自民党57人に対し51人を擁立しているのであるから、「自民党を抜けなかった」という事実は重いものがあろう。選挙区ごとの結果を見ると、地域的な特徴があまり見られないことは自民党と同じであるが、新人の健闘が目立った。これは、都民の民主党への「期待」の所在を示していて興味深い。都市型選挙の「特徴」を示していると思われる。
民主党は石原知事との関係でみると、基本的に「与党」と分類せざるを得ないが、共産党による「オール与党」批判は一定のダメージになったと思われる。それでも、支持政党なし層から得票は一番大きく20数%になっている。投票率がもう少し高くなっていれば、民主党の「伸び」は更に大きかったと見て間違いはないだろう。
③公明党であるが、全員当選と78万票という結果は、90年代以降初めてのことであった。(前回72万票、前々回70.5万票)自民党との協力関係がどのように影響しているかは不明であるが、首都東京において「堅い」支持層があることは事実であろう。
選挙協力についてであるが、今回のように自民=公明という組合せしか「協力」パターンがない場合と、共産党が全選挙区に候補者を立てない場合であるとか(実質的に民主党の後押しになる)、社民と共産が協力するなどのパターンが出来た場合は、その結果はかなり異なったものになろう。候補者の「世代交代」に対応して、少子化社会対策=児童手当を前面に打ち出した政策は、一定の影響を持ったと思われる(というか、これしか見たことがない)。
④共産党は、15から13への後退であったが、マスコミでは一桁と予想をされていたようなので、意外に「健闘」したと受け止められているし、事実、そういう側面が強いと思われる。
都庁の庁内紙である『都政新報』の記者座談会では「共産党は国政の退潮傾向に対して13議席獲得は、踏みとどまったといえるのでは。定数2の文京区と日野市で元職の候補者が返り咲いたのは大きい」という意見があったし、『日経』(7月17日)も「一けた台に転落するかもしれないとみられた事前の予想と比べてみれば、善戦といえる。都政の『オール与党』批判が一定の支持を集めた」と述べている点は興味深い。
選挙区毎に見ると、これも大きな特徴はなく、新旧の世代交代に失敗していること、新人が全く当選していないことが指摘できよう。都政新報上記座談会では、「無党派層の20%を取り込んだというところに、これからの受け皿となる可能性はあるのかも知れないが、今回の選挙戦では、持てる力は十分に出したなかで民主党に飲まれた。自民党対民主党という2大政党の対決の構図に入れなかった。」「候補者の魅力が感じられない。・・・市議選・区議選に落選した人をたてているようでは、広がらないだろう」との指摘もあった。
共産党が「踏みとどまった」のは、政府税調による所得税大増税の構想が選挙期間中に発表されたことや、石原都政の「野党」として「対決姿勢」を示してきたこと(是々非々論からの脱却)、これがオール与党批判とマッチングをしたからであろう。
今回得票率が15.6%(68万票)をしめし、2003年総選挙比例代表の9.3%、昨年の参院選の9.4%と比べると、それなりの結果ではあるが、01年都議選15.6%(74.8万票)、97年都議選の23.3%(80.3万票)と比べると、上昇を示しているとはいえない。今回の結果は、客観的には「低投票率」の下で、一定の無党派層を取り込んだことによると判断してもよいだろう。
⑤社民党とネットは、その存在意味を明らかにできない状態である。民主党においても、旧社会党系の議員はいなくなり、社民党・旧社会党の「財産」はほぼ食い尽くしてしまったと思われる。国政レベルでは、まだ300万票程度の支持はあるのだが、それを生かすだけの「足腰」がない。旧社会党・社民党の影響下にあった労組も、ほぼ民主党支持になっており、こういった「政治体質」のツケが出たということも可能であろう。
生活ネットは、前回は三多摩などで共産党に競り勝つ「奮闘」を示したが、今回は民主党の「躍進」の中で、その存在意義を示すことができなかった。石原都政との距離も民主党と変わらないし、独自の政策というレベルでも目立ったものがなかったわけで、当然の結果とも思われる。
3)石原都政と都議会―都政政策について
①浜渦副知事辞職問題
石原都政と自民党・民主党の関係は「与党」ではあるが、複雑な様相をもっている。社会福祉総合学院問題で、浜渦副知事の「やらせ答弁(民主党議員に運営問題での疑惑を指摘させた)」に関し、100条委員会を設置して究明を行うようにしたのは自民党であるが、選挙では、石原知事と仲良くツーショットでのポスターを掲示していた候補者も目立った。
この浜渦問題は、庁内では副知事人事をめぐる自民党有力議員と浜渦氏の「確執」にあったといわれている。浜渦氏は、ある局長を副知事にさせないために、福祉局在任時代に関わった社会福祉総合学院の経理問題を、民主党の議員に議会質問をさせ、それに答える形で「問題あり」としたわけである。自民党は、民主党の伸長を阻止する立場から100条委員会で民主党を追及し、民主党の「内部分裂」をもたらしたわけである。
こういった経過を見ると、今回の浜渦問題は、民主党にかなり不利な要因になったと思われる。但し、都民からみて「なんのことかサッパリわからない」状態は最後まで続いたので、投票行為を大きく左右することはなかったのである。
②石原都政の評価と政党
石原都知事の「人気」はかげりがあるものの、まだかなりの高支持率にとどまっている。この間の知事の動向を見ると、全国知事会長に立候補しなかった時点から、影響力は低下をはじめ、知事自身の都政に対する意欲も減退をしてきたと見られる。
石原知事の政治姿勢は、特異な右翼的思想を別にすれば、小泉構造改革に見られる「新自由主義的」政策との共通性はかなり高い。しかし、打ち出す政策は、政府に「対抗」する姿勢=ポピュリスティックな姿勢が前面に出て、ディーゼル車規制、銀行課税・新銀行の発足など、個別的「人気取り」政策が中心である。
一番の弱点は、都政の「将来」ビジョンに欠け、長期的に都政をどのような方向にもって行こうとしているのか、都民から見えないことであろう。公共事業も道路建設などを中心として推進派としての「顔」も持つ。臨海副都心の第三セクターの財政破綻についても、政策らしい政策を打ち出し得ないでいる。「過去の負債」であることは事実であろうが、過去の負債を解決せずに、将来に向かった政策提起は無意味でもある。
東京は、日本資本主義の「顔」であり、グローバル資本がひしめき、この10年間で都民の階層分化も大きく進み、富と貧困が同居する「国際都市」でもある。石原都知事が前回の知事選で獲得した300万票を超える得票については、既に、この階層分化による「都市上層部」の層としての確立が基盤になっているとの指摘も広く行われている。
ここでは、この当否については触れることができないが、少なくとも、石原都政に「対抗」する路線をとろうとする場合、
①都市住民全体(上層部も含めて)を視野にいれた、住みよい都市構造の確立。
②低所得者層を重視した、福祉行政の拡充と「参加」(これをどうやって組織するかが政党の思案のしどころである)による行政の民主化
③要求を基礎としつつも、上記内容を念頭においた「長期東京ビジョン」の確立、がどうしても要求されよう。
今回の都議選によって、知事の「独裁」傾向には一定の歯止めがかかると思われるが、今回の各政党の政策を見ても、長期ビジョンや東京の政治・経済力を活かした「先駆的」な行政をどのように方向づけるのか、なかなか見えてこない。
二大政党制の確立が今回の選挙によってもたらされた訳ではないが、第三極の形成は日本の将来に向かって極めて重要であり、これに向かっては、日本の弱点である労働者の社会的地位の著しい「後進性」の克服や低所得者や高齢者の声も「届く」「聞き入れる」行政のメカニズムの形成が急務である。
いずれにしても、政策とビジョンによる三極の形成が組織と一体になって進展することが求められる。労働運動の果たす本来の役割も大きいといえよう。

