2005年12月20日(火)
「構想日本」の事業仕分けと行財政の民主的点検活動
●昨日の夜、「構想日本」が主催をした「国の業務仕分け」(民の目による官のリストラ)というシンポジウムを覗いてきた。
編集子は、現在の日本の行財政「点検」(様々な視点から)において、大きくは三つの「潮流」があると見ているが、その一つの潮流がこの「構想日本」による「事業仕分け」運動である。
参加者は、海東英和(滋賀県高島市長)、篠田昭(新潟市長)、萩原誠司(元岡山市長、現自民党衆院議員)、増田寛也(岩手県知事)、松本剛明(民主党衆院議員)、山口那津男(公明党衆院議員)と構想日本代表の加藤秀樹氏の面々である。
●報告は、それぞれが、現在の立場を踏まえて、構想日本の「業務仕分け」問題について、経験や感想を述べることから始まった。
「事業仕分け」あるいは「業務棚卸し」というタームは、既にお聞きなった方が多いのではないかと思うが、その内容は、「なかなかのもの」である。
やり方は、各市町村(県)などの業務を予算規模(例えば1000万以上の支出項目)や、業務の性格によって分類し、1000項目以上の事務事業(実際には、ここに更にフィルターをかけ、100~300位の事務事業をピックアップするなど、市町村の規模と取組の規模に応じて適宜対応する)について、担当の職員と市民、それから構想日本の「ボランティア」のメンバーが、福祉、都市計画、衛生など、分野別にチームを作り、事務事業の内容について議論をして、「不要」「国に返上」(県ならば「市町村に移譲」)「民間に」「他の行政機関に」「引き続き現在の自治体の仕事」という形で、分類して行くことになる。
当日配布されたレジュメによると、これま14の自治体でのべ800人が参加して、この「事業仕分け」が行われたということである。当日の発言では、既に30位の自治体から、この「業務仕分け」の申し出があるが、構想日本のメンバーは有給休暇を取っているボランティアなので、全部対応しきれないということであった。
さて、こうやって実施された「事業仕分け」の結果を見ると、例えば岩手県では平成14年度予算について実施をされているが、事業項目で見ると、2775項目のうち、県が実施すべきものが48%、市町村が28%、国が6%、民間が8%、不要が10%となっている。これを歳出金額でみると、県ga52%、市町村が34%、国が5%、民間が7%、不要が1%となっている。
増田知事は、全国知事会が終了してから会場に駆けつけたが、その説明では、実施したのがちょっと前なので、現在これをやれば、もう少し「民間へ」という項目が増えると述べていた。
●これまで行った「事業仕分け」を全体として市町村、都道府県ごとに整理すると、「引き続き市町村の仕事」が71(60)%、「他の行政機関の仕事」が16(30)%、「不要/民間への仕事」が13(10)%という結果になっている。カッコ内は都道府県の数字である。
この括弧内の数字との「差」は、都道府県の場合、市町村への事務移譲が仕分けの選択肢としてかなり大きなウエイトを占めることを意味する。岩手県は、道路維持や改修などについて、予算と人をつけて実験的に市町村に事務を移譲するということも行っており、全国的にみても、市町村への事務移譲に積極的である。人口5万人を超える「村」(日本最大の村)である滝沢村にも、福祉事務所の設置を働きかける(「岩手日報」の記事による)など、「意欲的」である。増田知事の知事選挙における「マニフェスト」も、県の政策レベルに格上げされ「40の提言」となって、この中に市町村への事務移譲が入っている。
岩手県では、教育費、農林水産費、民生費などが市町村に移譲すべき項目としては多いということであったが、こうなると、都道府県は軽量化して行き、その役割は「何?」ということに当然なるだろう。増田知事は、こういったことを受けて、「道州制を導入すべき」であると述べていた(これには、公明党の議員から「時期尚早」の発言もあり、パネリストの不一致も目立った)。
●さて、これまでの紹介で、「事業仕分け」のイメージは湧いたであろうか。困難なのは、実施する役所側の体制や、ボランティアや市民と「偏見」なく対話して、仕分けの合意をして行く作業である。この辺に興味があったが、会場から、仕分けに参加した女性の発言もあり、かなり具体的な雰囲気が分かった。
構想日本の「仕分け」は、その方法がかなり市民的発想であり、役所の意識改革をも狙っている。これは、加藤代表が発言をしていたが、全くその通りであろう。編集子も労働組合の実施ではあったが、かなり大規模な業務の点検とその「改善」方策について、職員を交えて長期間、各分野にわたって実施したことがあり、この「意識改革」という言葉はうなずける。もっとも、会場からの質問などは、この意図や事業仕分けの「革命的」な意味について、理解しないような発言が多く、「あれれ?」と思った次第ではある。
構想日本の「仕分け」は、「民の目による官のリストラ」というバイアスが前提にあるので、これをそのまま実践すれば、官業の民間開放という、現在流行の方向に流れる可能性が強い。しかし、ボランティアの「質」にもよるが、構想日本のHPを見ると、長野県の栄村や下條村の行政については、高く評価している所を見ると、「リストラ」というバイアスを除いて業務点検を行うと、市民の常識的な「目」による点検に傾斜する可能性を持っていることがわかる。
ここが、実は大阪市の市政改革委員会における「マッキンゼー作成」の業務改善提案と異なるところなのである。構想日本が、この「差」を意識しているかどうはわからないが、同じ「民間へ投げる」ということについても、市民或いは職員、ボランティアの目を通じて行われるという「手続き」は、世間が思うより以上に「重要」なポイントになるだろう。
純粋培養のアメリカ公共経営の理論ではないということである。
●新潟市長や高島市長のお話を聞いて、つくづく感じたのは、例えば新潟における清掃業務が、民間の2.8倍のコスト、やや合理化しても2.3倍であるという指摘である。これなどは、「市場化テスト」を導入すれば、当然に民間化ということになる。
これはある意味で、人件費のダンピングなのであるが、日本の場合、同一労働同一賃金が確立していない。公正賃金の思想が極めて弱い。イギリスの民営化では、これが基本的に「存在しない」ので、TUPE(チューピー)という営業譲渡規則で、テストに負けた「官」が民に営業とともに、雇用譲渡される、つまり「雇用」の継続が前提になるわけである。
だから、民間と公務の給与差が、コストの差には参入されない。これでも、本来、民が行うべきか官が行うべきかという「本質論」は残るが、賃金ダンピングによる「官からの争奪」という日本的な官民比較論の入る余地はない。
こういった社会的不公正を広範に残している点に、日本の後進性があるが、国内に植民地の低廉な労働力を持っているのと同じわけである。アジアの低賃金労働者と競う前に、国内の植民地労働者と競争するわけである。
これはアジアや植民地の労働者の賃金を公正賃金ルールで底上げするまで継続する「搾取」のネタになる。
●最初に、事業仕分けの三つの類型の存在について述べたが、一つはこの「構想日本」の「事業仕分け」、二つ目は、マッキンゼーなど経営・労務屋の民間化を前提とした公共経営思想によるもの(代表は大阪市)、三つ目は、新潟県津南町による業務点検と財政シミュレーションである。この第三の点検は、決算の基づいて、1100項目以上の事業を予算の性格(地方税、交付税、補助金、起債など)にわけ、その事務事業を仮に「廃止」した場合、交付税は幾ら減り、地方税充当分がいくら「節約」できるのかという極めて実践的なものである。つまり、一般的に歳出がなんぼ「減る」のかというアバウトなものではなく、自主財源のあり方と関わる点検なのである。
これを全職員が参加して、自分の担当する事務、他人が担当する事務への「手を挙げて」の参加によって、全事務事業を点検し、これを担当がまとめた上で、住民との「対話」に活用して行くというものである。
このプロセスは、やや構想日本の方式を共通する。違うのは「視点」である。合併せずに、「自律」の道を選択し、交付税にも依拠せざるを得ないが、今後の財政危機の中で、「自治体として存続」し、住民の福祉や健康を守ることを「前提」にして、どうすれば、生き残っていくことができるのか。
この発想である。長野県の栄村の隣にあり、古くから栄村とは消防や病院など相互乗り入れをおこない、高校への栄村からの入学も実施している。
秘境で有名な秋山郷は栄村の方にあるが、これも、津南町を通らないと行けない。保育園の乗り入れもある。つまり、共同できることは、県境を越えて既に実施しているのである。
●残念ながら、第四の業務点検は、殆ど流れとして存在していない。1970年代は、革新自治体を擁護発展させる立場から、行財政の民主的点検活動は、全国に無数に存在していた。革新自治体の衰退と、臨調行革や長期にわたる地方行革によって、自治体の革新的な施策は大きく後退し、都市部においては、石原都知事に典型的に見られるように、新自由主義的な行政運営が跋扈している。
この流れに抗する運動や政策的なオルタナティブの構築。これが、行財政の民主的点検活動の今日的な「再定義」となる。
市民運動、労働運動の役割に期待をしたいところである。

