2006年03月17日(金)

「国・地方の行革コンペ」を考える①

●内閣府・総務相・行革推進本部などが主催する「国・地方の行革コンペ」に参加をした。
 このコンペは今回が2回目であるが、6月の経済財政諮問会議の「骨太の方針2006」に向けて、公務員給与・定員削減など大きな5つの柱に沿って「見直し」が進められている今日、「国・地方の行革」がどのように位置づけれるのか、この点に興味があった。

 内容は、
①本間正明氏の「基調講演」
②行革事例発表ということで、行革推進本部の「国の行革事例」、和歌山県、岡山県の「行革事例」、篠山市、善通寺市、海士町などの事例、そして総務省からは「地方行革の動向について」という、それぞれ短時間の報告。
③内閣府の椎川忍氏の司会で、上記報告者と林宜嗣(関西学院大)、辻琢也(一橋大)、赤井伸郎(兵庫県立大)などを含めたシンポジウム。
 というものであった。

●本間正明氏の「基調講演」は、経済財政諮問会議で議論している「歳出入一体改革」が3月末か4月はじめに「中間報告」を出すということから始まって、2011年までに国・地方のプライマリーバランスを黒字化する方向だと述べていた。目新しい報告はなかったが、2011年までに、聖域なき行革を行い20兆円の歳出削減が必要であることを強調していた。
 経済成長を3%、金利は緩やかに上昇して4%という前提として計算するということであった。

 周知のように、「ドーマーの定理」というのがあり、債務が維持可能であるためには、経済成長率が金利を上回っている必要がある。上記のように、金利の方が成長率より高い場合は、「雪だるま式」に債務が拡大することになる。
 これをプライマリーバランス論を根拠とする「強引」な行革によって、債務を減少させるという寸法である。

 本間氏は、第2ステージの2011年以降も、2%の成長を見込んで、借金を返済する準備をする必要があると述べていた。そこで、国と地方の関係が現在と同じ「自然体」で行くと、2011年には国は1.4%の赤字であり、地方は黒字に転換すると(この辺は、経済財政諮問会議の資料で見てください)。
 従って、税源・仕事・交付税の三点セットで改革を行う必要があるということであった。「地方の自由は責任を伴う」と述べていたが、参加者は何か「叱られているような」気分になったに違いない(笑い。

●そこで、今後の課題として

①公会計はストック・フローの情報が欠けているので、整備が必要である。
②第三セクターまで、これを拡大する必要。
③財政再建団体は、「地方分権21世紀ビジョン懇談会」でも議論されているが、「倒産法制」をつくる。行政のストップは考えていないが、レッドカード、イエローカードとグリーンという「枠組み」つくり、ガバナンスを発揮する第三者的機関でアドバイスを行うなどを考える。
 選挙によって、首長、議員を選ぶ住民の「自己責任」を含めた評価システムも考える必要がある。これまでのやり方の放置は、納税者への説明責任を果たせない。
 
 そこで、歳出カットは第一に当然のことであり、どの程度の負担になるか明らかにする(これは財務相)。

●これまで、何回か述べてきたが、プライマリーバランス論というのは、過去の累積債務の政治的「責任」を曖昧にするものであり、累積債務が「ある」ことを前提とし、また、何の実証もなく「現在のシステム」に責任を被せるものである。
 本間氏が述べているように、現在の国と地方の関係を「放置」するとかいう問題ではなく、累積債務の「責任」の所在をまず明確にする必要があるわけだ。

 第二に、累積債務=粗債務と、純債務の関係も明確にする必要がある。日本の場合、投資的経費が一貫して「赤字」であり、経常的経費については、この数年間の赤字というレベルなのである。
 純債務で見る場合、1998年までは、GDPの20%程度であり、橋本行革=6大改革以降の悪化が注目される。橋本行革と消費税率引き上げのショックとその「対症療法」としての公共事業の大判振る舞いが、経済の発展に結びつかず、国と地方の赤字を拡大してきたわけである。この政治責任は、小泉首相が党首をしている「自由民主党」が負うべきものである。自民党の内部の抵抗勢力を撲滅したからと言って、免罪されるものではないのである。

 第三に、小泉内閣の下で、賃金の引き下げをはじめ、設備、雇用、債務の「三つの過剰」の廃棄をめざし、猛烈なデフレ政策が展開する中で、この橋本行革以降、日本のGDPは低迷をしてきた。銀行を意識的に「潰し」(しかも外資のただ同然で払い下げるなど)、中小企業には貸し渋り・貸しはがしを行ってきた。このようにして、デフレが進行してきた。デフレの下での債務は、対GDP比でそのウエイトが増すのは、当たり前のことである。バブル崩壊後の住宅ローンが国民の生活をどう破壊したのかを思い起こせば良い。
 現在、30兆円に押さえたという国債の発行の大半は、赤字国債であり、「見合いの資産」も形成されない全くの違法の赤字である。

 結局、税収の範囲内で、一般歳出を賄うことになり(プライマリーバランス論の帰結)、社会保障や地方歳出にその「責任」を負わせることなる。これは、とりも直さず、国民生活総カットの路線である。
 大企業の方は、税率が50%程度から30%まで引き下げられており、これは本間氏の議論とは異なり「聖域」にされている。国際競争に負けないために現在の税率を維持し、さらに、減免などを強化する方向が目指されているわけである。

●政治家が、自分たちの責任で積み上げた借金を、国民に責任を転嫁し、それを解消する方向を許すならば、政治とは「独裁」に等しいものになるだろう。
 まあ、本間氏に言わせれば、そういう政治家を選んだのも国民ということになるが・・・
 確かなことは、我々は本間氏には何もお願いした覚えはないということである。本間氏は選挙で選ばれたものでもなく、国民の承認を得たものでもない。
 そういう人間が「基調講演」などを行うこと自体が、不思議であるが、説教されたのには、正直参った。世が世ならば、定年間近の一財政学者が、国民に向かって「自己責任」を説教する構図は、現在の小泉構造改革の怪しさを示して余りある。

 何はともあれ、国・地方行革コンペは先に進む。
●和歌山県と岡山県の報告は、何が「先進」か知らないが、要するに、県の出先機関を削減したとか、人員の削減、人件費の削減しか内容のないものであった。どこに工夫が見られるのか、全く不明であった。
 市町村の報告も、要するに、現在の財政危機を「所与」のものとして、その内容や責任は問わず、与えられた「範囲内」でリストラを行う体のものであり、その「強引さ」のみが際だっていた。

 唯一、面白かったのは、海士町(あまちょう)の報告である。2000人強の離島の自治体であり、職員の給与(ラスパイレス指数)が72と全国最低であることでも知られている。市町村合併もできない離島の自治体が、どうやって「生き延びるのか」という命題は、現在の情勢の下で非常に重要なものである。
 塩やカキでまち起こしを目指し、町全体を売り出すコンセプトは、馬路村の発想とも共通するものがあると感じた。
 自治体職員への勧奨退職や給与の引き下げについては、ルールを確立する必要があろうが、島が置かれている状況を、住民全体がどうみるのか、この辺がポイントになると思われる。私としては、長崎県の小値賀町などと共に、ちょっと気になる自治体ではある。

●さて、シンポジウムは結構面白かったのであるが、その「結末」は次回にしたい。