2006年03月22日(水)
「国・地方の行革コンペ」を考える ②
●「国・地方の行革コンペ」のシンポジウムに話を移したい。
参加者は、行革事例の報告者7人と、林宜嗣(関西学院大)、辻琢也(一橋大)、赤井伸郎(兵庫県立大)、コーディネーターは椎川忍(内閣府審議官)である。
まず林氏は、バリュー・フォー・マネー(VFM)を高める意味では、行革の第一ステージであるが、プライマリーバランス、歳出カットは必要ではあるが、事務事業の見直し、本来の行政の守備範囲に戻すことが必要だと述べた。そこで、行政サービスと公共サービスは異なることを強調し、公共サービスは民間で提供できないものであり、民間ができることは公共サービスとはいえないと述べた。そこで、最近は行政が関与しているという意味で「行政サービス」という用語を使っているが、時代に対応していない。最小の費用で最大の効果を追求し、必要なものにはもっと金を投入する必要がある。
「行政需要」をもっと厳密に考える必要があり、受益と負担の連動を求める必要があると。救貧や再配分の福祉を転換し、生活支援型にしていく必要がある。守備範囲の見直しは住民の納得を得て行う必要があり、受益者負担は高いものの提供ではなく、バリューフォーマネーでと。
なかなか含蓄のある話ではあったが、経済財政諮問会議のタスクフォースに参加されている学者としては、政府の使用している「用語」について、もう少し注意をしてほしいものである。
公共サービスは行政のみが行えるものという「お言葉」ではあったが、「公共サービス改革法(市場化テスト法)案」では、この「公共サービス」を民間に行わせることを提起しているわけである。身体を張って反対をしてほしい(笑い。
●辻琢也氏は、和歌山や岡山の取組をえらく高く評価され、人の活性化において、勤務評定と査定給与が重要であり、また、善通寺市の能力主義と実績主義の人事も重要であると、トレンドに沿った話をされた。
行政学から見ると、憲法に規定された「全体の奉仕者」とか「職務給」「職階制」の評価がどうなるか、聞いてみたい気持ちであった。
それから、これも違和感を持ったが、合併後の地域均衡ということで、支所などに過大な人員を配置をしていないか、といった提起をしていた。そういうことなら、是非、合併の前に言ってほしいことである。いまさら、合併促進のための「うまい話」を否定されたのではたまらない。
赤井伸郎氏は、いろいろと言っていたが、ここでは省略する。そこで、シンポ全体を通じてちょっと面白かった話だけ紹介をしておきたい。
●司会の椎川氏が行革の本質に触れて、中央省庁と出先(地方支分部局)、地方自治体の本庁と出先の関係にふれて、霞ヶ関はは減らせないが国家公務員を3万人減らせとなっている。地方支分部局には20万人いる。県庁も本庁は大変だが、出先は~と話題を振った。
これに対し、岡山県知事の石井氏が、昔建設省の出先にいたが、別天地(死ぬほど暇)であった、県の地方振興局も同じであり、9つの振興局を3つに再編する方向を出していると述べていた。
秋田県などでは、地域振興局を強化する方向を出しているが、この岡山県の取組は、なるほど知事の建設省時代の認識に基づくものかと、変に納得をした(笑い。そして、地方支分部局の再編と合理化を進めるべきであると締めくくっていた。
そして、和歌山県の木村知事は、市町村が50から30になって、振興局のみなおしが必要になっているが、地域の人は反対する。地方支分部局の再編と絡めて道州制のような形で見直す必要があると「我田引水」していたのであった。そういえば、木村知事は全国知事会の道州制研究会の座長であった。
図らずも道州制の狙いやイメージがはっきりする効果のある発言であったが、行革コンペという場における発言として「なじんでしまう」のが道州制論であることは、シッカリと記憶しておく必要がありそうだ。
●話は、行革を進める上で、行政が担当すべきか民間に投げるべきかの判断の手法として「事業の仕分け」問題に進んでいった。これは、このブログで何回か紹介した構想日本の「事業仕分け」論が、政府の場でも取り上げられている問題に連動する。
笹山市の瀬戸市長は、合併をして8年経ち、職員の30%削減や民間への仕事の移譲が課題になってきた。事務事業の見直しは平成15年、16年で1300事業を見直し、官と民の仕分けを行っていくと。
そこで、司会が官民の仕分けに関して「市場化テスト」が有効なツールになると発言して、話を総務省の久元氏に振った。
ここからが、今回のブログの「ハイライト」なのであるが、久元氏の発言は以下のようであった。
率直に言って、市場化テスト法に振り回されている。これは、必要ない。今でもできるし、うろたえる必要もない。
制度ができるたびに、使わなければならないとはならない。ツールは沢山用意をしてきている。どれが一番よいか選択すればよいと思う。大学の独立行政法人化も良くない。役員も増えているし。
こういった発言に続けて、「契約技術」の重視について述べ、基礎自治体の市町村がたいていの仕事をすることになるが、ここでできないことをどうするのかが今後の課題であると述べていた。
市場化テスト問題に総務省が好意的ではないというのは、3月の「新地方行革指針」にも市場化テストが出てこないことにも垣間見られる。市場化テストに入れ込んでいる自治体を見ると、大阪にしても北海道にしても、知事が経産省官僚出身者である。経産省は、昔の通産省時代に比べて、各省庁の中での位置の「低下」に苦慮していると言われる。
公務員制度改革問題では、橋本行革相(当時)の個人的なつながりで、公務員制度改革大綱を作成するのに、経産省の若手官僚が大きな役割を発揮した。内容的には、今日の資本のグローバル化に対応した官僚制度を念頭において、能力や実績に応じた給与や人事制度の確立など、それなりのものを提起した。
しかし、自分たちの身の振り方として、天下りの実質的「緩和」などを打ち出していたため、各省庁の中でも孤立を深めたのであった。
大阪の市場化テスト素案にしても、総務省との関係は一切ない。運動というのは、こういったことなどにも、きめ細かく注意を払い、活用できることはすべて活用するという姿勢が必要なのであろう。
●話を戻して、久元氏は、上記発言の前にも、財務省の自治体における「特勤手当て」攻撃に反論をして、「大げさ。手当てなどは給与全体の0.4%であり、それも、3割が大阪市(場内爆笑)である。つまらない言いがかりはやめてほしい」と。
以上がシンポの概要(主観的な)であるが、ここでいくつか確認しておく必要があろう。
第一は、行政改革によってどのようにコストを削減するのかという点に拘わって、ITであるとか情報化の進展などはプラス要因になるだろうが、合併した市町村の支所や振興局などの、住民生活にかかわる部分が統廃合=リストラの一番のターゲットになっていること。そして、国の地方支分部局も含めて、全国レベルのコスト削減として道州制が位置づけられることである。
道州制については、いろいろな角度からの批判、分析が必要であるが、今日の道州制論の最大の特徴は「地方分権」を錦の御旗にしていることである。この点に関って、上記の論点が出ていることは極めて示唆的である。
第二は、行革の推進において、官から民へということをスローガンとして掲げても、やはりその過程においては、事業の仕分けや行政の守備範囲論のような議論を避けて通れないということである。
従って、何度もくどく述べているように、行政内部からの、そして住民参加の手法による「行財政の民主的点検」が重要であるということが浮上する。地域において、行政を必要としている部分は何なのか、地域の住民や自治体の職員が一番よく知っているわけである。
それを財政危機とか、「行政への甘え」「既得権」「官僚の無駄」というレッテルで切って捨てるようなことを許すのか、許さないのか。
ここは住民も職員も正念場であろう。
第三は、少し述べたが、市場化テストなどに関する異論であるが、市場化テスト法自体をみても、「行政処分の除外」など制限がかかった。抵抗勢力によるものとの批判もあるだろが、運動とはそういうものである。あらゆる「抵抗勢力」と必要に応じて共闘する姿勢が重要であろう。これはプラグマティズムではなく、運動の原理である。
こんな感想を抱いたシンポであった。

