2006年04月02日(日)
教育と地方分権考①
●三位一体改革の評価と今後の方向を巡って、キチンとした議論を行う必要性が高まっている。地方6団体をはじめとして、「地方分権」「三位一体改革」の推進派は、これまでの第一次分権改革を超えて、第二次分権改革に進む必要があると主張してきた。
2003年から2005年までの「三位一体改革」は、数字合わせと批判をされることが多いが、3兆円の税源移譲が行われたことは事実であるが、補助金改革は4兆円を超え、地方の歳入減は、交付税等の削減によって7.5兆円に及んだとされる。
三位一体改革と言われているように、国の自治体への「関与」の最たるものである「国庫補助負担金」を削減し、国の関与を減少させながら、それに見合う税源移譲を要求する(神野直彦教授の議論は、税源移譲をまず行い、それに見合った国庫補助負担金を削減するという手順を重視)ということであった。三位一体の一つである、交付税の削減(骨太の方針2003には、ハッキリと交付税の削減が書いてある)は、地方財政計画の圧縮を通じて、かなりの規模となっている。この評価は難しいが、交付税を削減するために「からめ手」から攻める手法であった。
こういう流れで、とりあえず「三位一体改革」が終焉し、これからの方向を論ずる必要が生じているのが現時点の状況である。
小泉構造改革の流れは、経済財政諮問会議の骨太方針(2006)に向けて、そのタスクフォースや竹中総務相の諮問機関である「地方分権21世紀ビジョン懇談会」、財政制度等審議会などを通じて、歳出入一体改革、地方交付税改革、自治体破綻制度の確立、プライマリーバランスの2011年における達成、その後の2%程度の黒字化などが、ハイペースで議論されている。
●そもそも、現在の三位一体改革、つまり補助金等を削減して、それに見合う税源移譲を一層大規模に行うことは可能なのだろうか。問題はないのか。
金澤史男氏は、これを「地方分権第2ステージ論」として批判し、実現不能の状況にあることを主張している。私も全く同感である。
元来、私の場合、国庫補助負担金の性格によって、経常的負担金等と投資的負担金等に分け、大規模な税源移譲に結びつけるためには、経常的負担金等は、義務教育費国庫負担金や生活保護費負担金、児童扶養手当負担金などの大きな規模の、ナショナルミニマムに関連する負担金を廃止して、一般財源化することが必要になることを明示した。同時に、当時はあまり注目されて居なかった、建設国債によってファイナンスされている公共事業関連の補助負担金については、税源移譲にならない(後日、地方6団体・総務省VS財務省の論争になったが、例えば神野・金子『地方に税源を』などの段階では、この問題は全く考慮されていなかったのである)と主張をし、大規模な税源移譲を、現在の国庫補助負担金削減・一般財源化によって達成することに無理がある点を述べていたのであった(岩波一寛『どうする自治体財政』、2002年大月書店)。
もっとも、この時の論文のベースになった、税源移譲のシミュレーションの年次は1994年時点であり、赤字国債発行がゼロになったバブル時から再発行される状態になるタイミングであった。
つまり、赤字国債が基本的に発行されず、建設国債のみであった。その後、赤字国債の発行が拡大し、現時点では国債発行の内、建設国債の方が少なく、赤字国債が常態化している。これをもって、赤字国債と建設国債の区別に意味がなくなったという主張も聞かれるようになった。
しかし、現時点でも赤字国債と建設国債の区別は重要な問題であり、小泉構造改革の中で、30兆円国債発行枠などが言われているが、この大きな部分が赤字国債である点を曖昧にしてはならないだろう。
また、地方6団体などは、2006年において、施設維持費などの公共事業の一部の補助金廃止が、税源移譲の対象になったことを評価し、これを「拡大」することを目指す流れもある。
しかし、よく考えて見ると、今後、税金で返済すべき借金によってファイナンスされている補助金廃止と相殺する関係で、全額「税源移譲」を行うというのは、返済を考えず「果実」だけ頂く話しになるわけで、幾ら国に地方の財源確保の責任があるとは言え、将来の借金返済分の方も「移譲」しなければ、国の財源が枯渇してしまうことは見やすい道理であろう。
また、公共事業はコンスタントに行っているわけではないので、各自治体にどのように、「税源」を配分するのかも不明である。明確な基準を引くことはまず不可能であろう。
公共事業の実績の大きい自治体に、多額の税源移譲を行うことは、全く道理に反していると思われる。当初、総務省もこういった事情をよく理解しており、『地方財政』の新春座談会などでは、公共事業関係の補助負担金廃止と税源移譲をセットにすることは無理だと述べていた。せいぜい、元利償還金部分の移譲ならば、あり得るという認識であり、私も「総務省だけあって実務をよく理解している」と思いつつ読んだのであった。
この元利償還金に対応する税源移譲にしても、上記のように、各自治体レベルにどう配分するのかは、全く、同じ困難がある。早くからムダな公共事業を縮小してきた「健全」な自治体に対する配分が少なくなってしまうのは、何とも矛盾である。
●このような事情で、三位一体改革の延長線上に、まともな地方財源の拡充はないと言い切ってよいだろう。
そこで、三位一体改革を評価する場合、「なにはともあれ、税源移譲3兆円は高く評価できる」というようなスタンスに立つこと自体、問題があろう。
なぜならば、この3兆円にしても、義務教育費負担金であるとか、地方が要求しもしなかった国保負担金など、いわゆるナショナルミニマム(私はこの用語は本当は使用したくないのであるが)に関する負担金が、十分な議論もなく「廃止、一般財源化」という方向が『地方分権』の名によって主張されてきたことなどの「当否」を厳密に議論しなければならないからある。
さて、ここまでが「前置き」である。地方分権の名によって主張された、義務教育費国庫負担金の廃止・一般財源化は正しい選択なのか。教育の「地方分権」とはそもそも何か。教育委員会などを廃止し、首長の直轄に教育を置くことは「教育の自治」に反しないか。などなど、様々な問題を多角的に論ずる必要がある。そこで、『地方自治職員研修』の2005年7月号に掲載した拙稿を、再掲しておきたい。但し、掲載するものは、実際に同誌に掲載したものとは若干異なる(校正や字数制限などがあるため)。
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教育と地方分権
本稿の目的は、教育分野における「地方分権」の現段階について、その具体の内容を整理し、併せてその「到達点」の評価や今後の議論の論点整理を行うことである。かなり重い課題ではあるが、現在行われている議論や論争では、問題の本質が必ずしも鮮明ではないという認識から、筆者なりの見解を示し議論の発展を望むものである。
1)はじめに―教育における「地方分権」の現状
04年8月、「三位一体の改革」への要求にかかわって、地方6団体は「義務教育費国庫負担金」の中学校教職員給与分(8500億円)について、税源移譲と相殺する国庫補助負担金削減対象にリストアップすることを決定した。その後、国は05年度予算編成において、暫定的に2年度にわたって4250億円の「義務教育費国庫負担金」を削減し、「税源移譲予定特例交付金」として地方に交付することを決定した。
つまり、現時点では「税源移譲」が行われたわけではなく、暫定的な「交付金」の扱いである。そこで、義務教育費国庫負担金の今後のあり方については、中教審(「中央教育審議会」の略)において議論を行い、国と地方の協議などの状況をみつつ、政府が判断するという方向になった。現在、結論を得る今秋にむけ、中教審をはじめ国と地方において議論が進行している最中である。
「義務教育費国庫負担金の削減」については、全国知事会が、有力な反対意見の存在を押しきって、多数決で決定したことに象徴されるように、さまざまな意見が錯綜する。国と地方の役割分担や教育行財政のあり方全般と密接に関連し、争点が多軸的なだけに、教育分野における「地方分権」の評価や今後の方向に関する議論はある種の「混迷」に陥っていると言ってもよいだろう。
また、具体の教育をめぐる状況を見ると、「教育改革国民会議最終答申」(2000年12月)が打ち出した、「個性教育」・「習熟度別学習」・「学習達成度試験」・「中高一貫教育校設置」・「飛び入学」・「公立校の多様化」・「外部評価」・「学校選択の自由」・「学校評議員」などの制度や取組が十分な議論を経ることもなく進行しており、これに「教育特区」における「小学校の英語教育」などの実験が加わる。「ゆとり教育」が生みだしたとされる「学力低下」に関する議論も、座標軸が定まっていないのが実態である。不登校や小中学生の「自殺」「イジメ」なども、依然として高水準を脱していない。欧米へのキャッチアップや、高度成長・「ジャパン・アズ・ナンバーワン」のバックボーンとして自他共に評価してきた「日本の教育水準」が試練を受けていることは確実であろう。
そこで、以上のことも念頭に置きつつ、教育分野における今日的「地方分権」の状況について一瞥しておこう。
2000年4月1日施行の地方自治法改正では、従前の「機関委任事務制度」が廃止され、国の自治体に対する「関与」は地方自治法・個別法に基づく「一般法主義」・「法定主義」に限定されるとともに、公正・透明の原則が規定された。また、国・自治体の係争処理も制度化されるに至った。これによって、従前のいわゆる「通達行政」は否定されることになり、事務の分類も「自治事務」と「法定受託事務」に区分された。
もっとも、「自治事務」といっても、地方自治法や個別法によって、国の関与(とりわけ、是正要求など)が残り、この面では自治事務と法定受託事務は「相対的」な区分となっている。この問題は、今次の地方分権改革全般の評価に関わる問題であるが、ここでは深追いせず、教育行政に的を絞って議論を進めることにする。
さて、分権改革において教育行政に関する法改正もかなり広範に行われた。主な事項をのべれば、地教行法(「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」の略)が改正され、①(国または県による)教育長の任命承認制度の廃止②文部科学大臣及び県教委(都道府県教育委員会の略)による是正措置要求規定の削除③文科省の地方教育委員会に対する指揮・監督権規定の削除、県教委の事務委任規定及び指揮・監督権規定の削除④県教委による市町村立学校等の組織編成等に関する基準設定権の廃止、県費教職員の監督等にかかる一般指示権の廃止など、市町村教育委員会の裁量範囲の拡大などがもたらされた。
しかし、地教行法には、「指導、助言、援助」などの項目が残り、その範囲は、学校の設置、組織編制、教育課程、学習・生徒指導など多方面にわたっている。
また、教育委員会の権限(教育委員会制度)については、基本的に変化はなく、教職員の人事管理権についても、県費負担教職員の身分は市町村職員であるものの、任免権・人事異動権等は県教委にあるという現状も維持されている。
こういったことから、「地方分権」と言っても、自治体の長に教育行政の権限が「分権」されているわけではないので、全国市長会「都市自治体における行政組織のあり方について(中間のとりまとめ)」(平成17年4月13日)は、「教育委員会制度選択制」、教職員人事権の都市自治体への移譲を要求している。また、政令指定都市は、県費負担教職員制度・学級編制等の権限・研修実施主体及び権限所在・教職員給与負担等について、都道府県からの税源移譲を含め、全面的に政令指定都市に移管すべきであると主張している。
このような「要求」は、「地方分権」改革後の教育行政が、文科省―県教委―市町村教委という「タテ」の系列で運営される実態に変化をもたらさなかったことへの「異議申し立て」とも言えるものである。すなわち、地域代表性があり、地域に密着した教育行政を展開するには、自治体(自治体の長)に教育行政の権限を移譲することが必要であるという認識である。
一方、教育行政の財源については、異論がある実態には変わりないが、国庫補助負担金を廃止して、税源移譲を行い、都道府県の一般財源にして行く方向が多数派であろう。こういった状況認識の背景や、問題について次に検討をしておこう。
(続く)

