2006年05月18日(木)

地方自治経営学会②

●地方自治経営学会の二日目が開催された(17日)。二日目は、午前中が「改正介護保険」とその内容についてのシンポジウム。午後が特別講演の福岡政行「これからの日本と地方の行方」、事例発表「行政改革の実践」(大阪府、品川区、佐賀県、鳥取県)であった。

 あまり特筆すべきこともないのであるが、記憶の薄れないうちに、多少感想を書いておきたい。気楽な「はなし」として読み飛ばしてもらえればと思う。

 福岡氏は、テレビなどでもおなじみの(と言っても、私は基本的にテレビは見ないのでテレビで拝見した記憶はないのであるが)「政治評論家」として知られている。
 話術はかなりのものであった(と思う)。ライブドア事件の顛末、野口さんの死は自殺か?という話を切っ掛けにして、東京地検の特捜部長と話した際に、「額に汗する人を救いたい」と述べていたということを紹介した。市場万能論の弊害が出ていることを話したわけで、私大の学生が、早弁を食べて屋上で携帯で株の売買をやるような時代になっているそうである。

 その後、「格差」社会は弱肉強食の社会であり「働かざる者食うべからず」というこれまでの常識が通じなくなって「勝てば官軍」の社会になっていることを告発していた。
 日本という国の5つのトレンドとして、
①二極分化
②借金大国
③改革の機運
④合併の光と陰
⑤小泉改革の反動
 を取り上げ、現在の日本の各地方が「まだら模様」(筑紫哲也)というような、甘いものではなく、勝ち組と負け組に分化していることや、これが構造改革の延長線上にあるという認識を述べていた。この辺は、なかなかよく調査もし、よく状況をつかんでいると「感心」して聞いていた。

 地方の問題については、合併による「閉町」の際の講演にも何回か行っているそうであるが、合併して半年くらい経つと「合併はよくなかった」という議論が多くなるという話をしていた。
 白川村とかニセコ町のように「小さくてもキラリと光る」自治体もあるが、これからは霞ヶ関も、自治体財政の縮小を仕掛けてくるので、厳しいだろうという「展望」も述べていた。

●福岡氏の得意な(?)、政治問題では小泉内閣の継承は難しいだろうと述べていた。
 9月の総裁選挙、来年の統一地方選挙、7月の参院選、それから総選挙という展開を小沢一郎は見通して考えている。参院選挙で政権交代をしたいと福岡氏と会った際に述べたというので、福岡氏は参院選挙で政権交代という制度にはなっていないので、自民党の懐に手を入れることを小沢氏は考えているのではないかと述べていた。つまり、政界再編が、ポスト小泉では一つの焦点になるということだろう。

 自民党内での総裁選の議論は、靖国問題や外交に特化されるだとうとも述べていた。このブログで紹介した『論座』での渡辺恒雄氏の議論も大きな影響をもっており(『論座』は3万部でて、ブックレットになった)、市場原理主義者は入閣させるな、日中経済協力への議論が大きくなりつつあると。
 
●市場原理主義や「金儲け」批判が出て、田中角栄が社会のセーフティネットを張ったと述べていることから、政治姿勢としては「反小泉」的な雰囲気を感じたのであるが、小泉首相とも話をしており、「自民党をぶっ潰す」くらいの迫力でやれと励ましたという話もあり、どうも政治スタンスはよく理解できなかった(私の理解不足か、福岡氏の説明不足かよくわからないが・・・)。

 話の結論は「地方の疲弊、中央の傲慢」ということで「効率性より公正、その難しさ」という題になっていたので、やはり「反構造改革」かと思うと、そうでもない話になっていた。
①自治体の職員数を住民の1%から0.6%に削減しろ。
②県庁はいらない。基礎自治体にその分を回せ。
③自治体は、町内会やNPOにゆだね、子どもを一人にしない運動をしろ。介護は地域社会で行い、介護保険に頼らない社会を。自転車の乗り方のマナーチェックを。
 などというものであった。最後の自転車の乗り方の話には、目が点になったが、どうも竜頭蛇尾の話で、地方の疲弊を回復する方向は、よくわからなかった。民営化問題についても、道路も郵政も表紙を変えただけで、内容は変わらないと述べていたりするので、スタンスは不明である。

●おもしろかったのは、質疑である。
田中康夫の評価を聞かれて、場内爆笑だったが、「無駄な公共事業を批判して時代のトレンドをリードした」「100点満点で59点(落第か?)で、今後の様子をもう少し見極めたいというのが県民の考えだろう」と。私も、これに近い見方をしている。
 田中康夫という人は、一部の人から蛇蝎のように嫌われる傾向があり、「気持ちの悪い」部分があるように思うが、こういった批判や「嫌われ方」を、自分のエネルギーに転化できる特殊な才能を持っている。「ぺろぐり日記」とか常識では考えられない本を出すし、知事室に「やっしー、がんばって」とかいう女子高生の書いたタペストリーが飾ってあるなど、「ちょっとな~」という感じを持つのも事実である。
 しかし、「もう少し、見極めたい」というのは、私も同感である。

 総裁選挙について聞かれ、決戦投票に持ち込まれると安部の線はなくなるだろうと述べていた。これは、先の「政界再編」とも絡むかもしれないが、多分、靖国問題などによる福田康夫の追い上げを念頭に置いて述べていると思われる。この辺は、部外者にはよくわかならないが、地方の票300はドント方式で、安部氏は200までは行かないと述べていたので、かなり実情に詳しいのだろう。記憶にとどめておきたい。

●最後に、よく見ていると思ったのは、拉致問題についての質問への回答である。韓国では南北の離散家族1000万人に関する関心の方が高く、拉致問題は簡単でない。竹島問題などで、むしろ拉致問題を遠くに追いやっている。ピョンヤン宣言の後、小泉首相から電話があったそうだが(この辺は自慢話か?)、拉致被害者をつれて帰るのは「暗い」と述べたという。
 福岡氏は、ポスト小泉が終わらないと拉致問題は30センチも動かないと述べていた。
 横田めぐみさんのご家族の無念や怒りなどは、大変によくわかり、私どもも政治が解決する糸口を見いだす必要があると思うのであるが、何で、拉致問題が、右派に活用される「構図」になるのか、もう1回真剣に考える必要があるように思う。朝鮮や中国からの強制連行や、日本国内外での強制労働、従軍慰安婦問題その他が、拉致問題の解決と「対立」する構図になっているのが気にかかる。
 どちらが「より悪質」であったのか、「比較」論や、日本が拉致問題を批判する「資格」があるのか、といった議論、「まずは日本がやったことを反省して」などという「順序論」など、不思議な議論もたくさんある。

 国家間の対立を超えて(つまり政治的な利用を許さず)、国家の犯罪によって被害を受けた「市民」「住民」の国際連帯という視点がなければ、それこそ、30センチも動かないだろう。これは、拉致被害者の会などの「政治的」スタンスを問題にしているのではなく、そういう「土壌」の中でしか運動ができていない現状を問題にしているのである。

 拉致問題と北朝鮮に対する姿勢は、日本の民主勢力の「リトマス試験紙」かもしれない。民団と総連の「和解」の報道を見て、拉致問題を現在のような形で取り上げることによって、韓国と北朝鮮の関係を変えることはできないだろうと感じた。
 日本の政治の国際感覚の麻痺状態は続いているようである。

●さて、行政改革実践の話は省略するが、鳥取県の人件費も入れた事業予算への試みの話は、示唆に富んでいた。情報公開で、県のHPから見ることができるので、参照してほしい。まだ、試みの段階ということであったが、その「功罪」はどうなるだろうか。農業改良普及事業などは、事業費が2700万円、100名の普及員の人件費を入れると7億4000万円と言われると、やはり人件費比率が高い事業への「批判」が高まるようにも思うし、人件費を入れない事業費が何を意味するのかという点からみると、当然の話でもあるし。冷静な活用とその見方への習熟が要求されるように感じた次第である。
 この問題は、また後日取り上げる機会があるかもしれない。