2006年06月06日(火)

地方自治の対抗軸と「地方分権」①

 ☆今回はイントロ。

●日本経済新聞(6月5日付)の17面に「合併反対ー闘う首長の輪」という記事が出ていた。「全国町村の60%(1520)が消滅した平成の大合併。吸収される小規模町村は迷い混乱しながらも、合併に伴う起債への国の優遇策期限切れを目前に雪崩を打った。政府は引き続き合併を促すが、これに抵抗して地域自立を目指す小規模町村もある。ネットワークづくりも活発だ」というリードである。

 ご存じ「小さくても輝く自治体フォーラム」などに結集する自治体やその首長、「ブレイン」などが顔写真入りで、図示されている。

 福島県矢祭町(根本町長)、長野県栄村(高橋村長)などが紹介され、矢祭町の財政合理化(交付税が5億円減少するなかで、報酬カットや人員削減で一般会計歳出45億円を30億円に縮小する一方、基金を4億円増やして12億円超にした)や、栄村の農地や道路工事の補助金返上による独自路線による歳出削減、下駄履きヘルパーなどの福祉重視などについて、客観的に報じていた。
 栄村は、もう有名で知らない人はいないと思う位であるが、私どもの『自治と分権』誌においても、高橋村長へのインタビューを掲載したことがあるし、ことある度に紹介をしてきた。
 上意下達式=中央集権的な硬直的補助金によって、むしろ財政負担が増加することなどを具体の事実でもって示し、さらに、これを打破して、村独自の田直しや道路工事(1.5車線方式や、道路の建設基準の見直し)を行うなど、実践的にあるべき姿を示してきた(高橋村長のモットーは実践的自治である)ことは、日本の地方自治の歴史の上でもユニークなものである。

 高橋村長の話を伺うと、人口2千数百人の村でも、二つの村がかつて合併した「歴史」もあり、20を超える集落からなっていることに着目していることがわかる。つまり、小さな村をさらに集落レベルで「分権」化しつつ、より身近な自治を重視しようというわけである。これは、京都の旧美山町でもそうであった。日本の場合、かつての自然集落がそのまま残っている地方は少ないのであるが、それでも、できる限りこの単位を尊重し、介護や地域振興、様々な施設建設や道路建設、日常生活圏の確保などについて、集落の存在を考慮するというわけである。
 
 小さくても輝く自治体フォーラムに結集する首長たちが、よく引き合いに出すのは、フランスのコミューンである。小さな自治体と「民主的」広域行政のセットで、きめ細かな自治が保障できると主張する。
 実際、現地調査なども盛んに行われ、フランス各地のコミューンについて、私などよりよく知っている首長に何人もあった。
 これに対し、総務省など合併推進派は、「総合行政体」論で対抗する。つまり、フランスなどの小さなコミューンは、行政の全てを担っているものではなく、一部を担っている(アメリカのスペシャル・ディストリクトと同じような)のであり、日本のように、小さくても大きくてもフルセットで自治を担っている自治体ではない、というわけである。

●小さくても輝く自治体フォーラムが結成されたのは、地方制度調査会での西尾メモ(小さな自治体は、大きな自治体の内部団体にするか、都道府県に面倒を見てもらうような事務配分特例方式にして、極論的には窓口サービス程度にすべきという議論)が切っ掛けであったことも日経新聞に紹介をされていた。
 この時の「衝撃」は、かなりのものであった。それまで、全国各地で「細々」と抵抗をしていた小さな自治体が、全国レベルで交流や運動を行わないと「対抗」できないという危機意識が一気に拡大したのであった。

 私なども当初から、このフォーラムに参加をして来たが、その都度、小さな自治体の問題意識がよくわかった。次第に、問題意識は自治の考え方の核に近づくようになったと思う。
 都市と農村との連携とか、都市にとっての農村の役割など、世論を動かす理論や政策も彫琢されてきたように思う。
 日本の小規模自治体の困難さにはいろいろな面がある。先に述べたように、自然の集落がメルトダウンしており(高度成長によって、都市に急激に労働力が流出し、集落の崩壊や転居などは当たり前。しかも、農村の都市化が均衡ある国土形成の名の下に推進され、農地の中に無原則的に住宅が建設され、道路建設に伴ってスプロール化し、隣村や隣町との境界は、単に地図上に見いだされるヴァーチャルな存在となってしまった)、確かに、国民の生活レベルは上がったかもしれないが(都市化)、生活様式が都市化され、電気製品や自動車なども都市並かそれ以上の必須のアイテムと化した。

●こういう自治体の現状の中で、歴史的には都市部では革新自治体の存在があった。しかし、これは農村部に普及することなく終焉を迎えた。上記の農村の矛盾は、矛盾として把握されず、国民の生活向上の「負」の面として把握されるのが、精々であった。
 日本の官僚政治による、開発主義と利益誘導が農村を捉え、農業が本格的に潰しに掛かられるまでは、地方都市におけるサラリーマンと農業の両立=兼業農家なる生存様式も、結構、生活向上には「役だった」し、ある意味で都市部の労働者より恵まれている部分もあった。
 だから、村の財政とか町の財政に興味を持つ人などは滅多に存在せず、任せるべき人に任せておけばよい、という発想が多かったことも理解できよう。

 自民党政治も、本来は矛盾するはずの独占本位と農村を基盤とする政治を両立させ、「ジャパンアズナンバーワン」を謳歌したのであった。

●こういった、日本的な経済構造や政治構造が、経済のグローバル化を背景として、また、バブル崩壊といった、所得の逆再配分を経て、上から打破されるようになったのが、構造改革である。
 この辺は、無茶苦茶端折って話をするわけであるが、小さくても輝く自治体の存在方向は、この『構造改革』との闘いなくしてあり得ないわけである。
 また、地域的には、これまで生活向上の手段として大目に見られていた負の面を再点検し、場合によっては旧集落単位の自治まで、遡って議論をしなければならなくなっているわけである。今後、存在し続けていくためには、必然的に、歴史を総括し(過去の美化ではなく)、小さい自治体のメリットをよく考えることになる。
 その中で、「どうしても、自分たちが守るべきこと」というような課題が浮上してくる。これは、本物の自治に結びつく可能性がある。
 
 小さな自治体でも、駄目な自治体は多いので(500強の1万人未満人口の自治体が残ったが、そのうち、自覚的に小さな自治を擁護しようという自治体は半分以下であろう)、そう簡単ではないが、対抗する戦略を描くことはできる。まず、構造改革を根底から批判することである。同時に、地方を通じて、構造改革を推進し、国民のナショナルミニマムを根こそぎにしようとする憲法「改正」などの方向にも異議を唱えることである。

 残念ながら、全国知事会などは、そういう方向にはない。地方が駄目になったのは、官僚主導の中央集権だったからという「総括」になり、これを打破することが中心課題に据えられる。何時までも、古き時代の官僚主導(今でも主導する局面も当然あるが)が打倒の対象に祭り上げられる。構造改革についてまでも、官僚が「妨害」しているという認識になる。
 構造改革反対の課題が、中央集権打倒=官僚打倒に置き換えられ、不幸なことに、官僚の新自由主義化も促進される。新自由主義的官僚にとって、官僚攻撃は痛くもかゆくもない。民間の独占企業のトップエリートと同額の年収や、相互交流などができる制度改正もこれによって促進される。

 多国籍資本は、意識的に日本の開発主義やその担い手を打破しようとするが、それが中央集権政治を「破壊」することに期待を持つ「市民主義」の錯誤は、深刻である。「分権改革」は自虐路線に堕する。自らが「自立」し、国に依存しない地方政治を求める路線である。生活を破壊する構造改革とは全く闘わず、むしろそれを促進するイデオロギーとなっている「分権改革」とはなにか。本格的に考えるべき時期にさしかかっている。

●日経新聞は、特集のまとめ(最後)に、「過疎、高齢化が進む一方、地方交付税削減が国家財政再建の焦点とされる中で合併反対をいつまで貫けるのか。単独自治体としの持続可能性に冷ややかな見方もある。国は知事に合併勧告する権限を与えて、平成大合併第2幕をもくろむ。反対派の正念場は続く。」と述べている。
 現象的には指摘される通りであろう。今までの「延長線上」で、小さくても~の運動の勝利は困難であろう。どのような方向に発展をさせるのかが当然問題であるが、私は構造改革や改憲問題との接点を指摘した。同時に、指摘しておきたいことは、試されているは、何も小さな自治体に限られるわけではなく、大きな自治体の自治は発展しているのか?も根底的に問われる必要がある。また、東京の一人勝ちというような認識は本当なのか。新自由主義の路線は、都市優遇なのか?いろいろな角度から探ってみたい。

(断続的につづく)