2006年07月15日(土)
自治体首長選挙における変化ー滋賀県知事選挙を考える
●「自治メルマガ049号」に書いた論説に若干手を加えた。今回の滋賀県知事選挙について、考えたものである。まだ、検討の材料も少なく、具体の評価などは変わる可能性があるが、基本的な「流れ」を確認したいという問題意識である。また、来年の一斉地方選挙に向けて、滋賀と東大阪、また、各地の「小規模自治体」の選挙の「総括」はどうしても必要であろう。
地方を巡る「大状況」「大きな情勢の特徴」をどう捉えるのか。また、この特徴を捉えた上で、政策対応、組織対応はどのように見るのか。こういった視点である。なお、予めお断りしておきたいのであるが、国政における「平和統一候補」の擁立のような問題について、地方レベルからも考えるべきなのであろうが、この問題は敢えて避けている。もう少し、機が熟した場合、論ずることもあると思うが、今回の論考の「限界」についてお断りしておきたい。
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自治体首長選挙における変化ー滋賀県知事選挙を考える】
【京都新聞電子版ー2006滋賀知事選挙】
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☆7月2日(日)に投票があった、滋賀県知事選挙で新人の嘉田由紀子候補が当選し、東大阪市では長尾淳三氏(元市長)が劇的なカムバックを果たした。
小泉内閣の末期における各種選挙戦を見ると、衆院補選(千葉7区)で民主党新人の元千葉県議太田和美氏(26)が当選(4月23日)するなど、自民党の後退について関心が持たれていた。
今回の二つの選挙は、その性格は異なるとはいえ、小泉構造改革と「格差の拡大」、地域の衰退といった現象との関係が国民の関心の的になり、ホリエモン事件や村上ファンド事件など「市場万能論」的な逸脱行為への批判が強まってきたことと明らかに関連を持っていると思われる。
ある意味で、構造改革路線の「破綻」とそこからの脱却の道を国民が模索し始めたと言えるだろう。もちろん、現時点で構造改革路線が転換されたり、新自由主義的政策が後退するというようなことはないだろうが、そのスピードや国民への「配慮」などの点で、ある種の「潮目」を迎えていることは確かだろう。そういう意味からも、今回の選挙を今日的な文脈の中で総括し、今後の方向を探ることは意味のあるこであろう。
そこで、今回は、やや機が熟さないことを承知の上で、また、十分な情報がないという限定的な環境の中でではあるが、この意味を論じて見たい。
1)嘉田由紀子候補の驚異的「追い上げ」と「滋賀ショック」の意味
選挙1週間前の世論調査では、次のようになっていた。「京都新聞滋賀本社は25日までの3日間、世論調査を実施し、これまでの取材を加味した上で、情勢を探った。現職の国松善次候補(68)がやや先行し、新人の京都精華大教授の嘉田由紀子候補(56)が追い上げる展開となっている。新人の県労働組合総連合議長の辻義則候補(59)は伸び悩んでいる。ただ、誰に投票するかまだ決めていない人が4割近くに上るため、投票率の行方などで情勢が変わる可能性がある。」
私は、この世論調査を見て(1週間前)、「反自民で統一できなかったことが大きいな」とため息をついたのであった。実際、各地の状況として「嘉田候補は、湖南区域(草津、守山、栗東、野洲の4市)で国松候補に迫る勢いで、湖北区域(米原と長浜、彦根の3市と伊香、東浅井の2郡)と大津市区域も健闘している。支持を受ける社民党支持層の約6割を固める一方、推薦を断られた民主党支持層からも約4割の支持を得ている。無党派層の支持は3割に届かず、国松候補を下回る」となっていた。つまり、国松候補を明確に上回る地域はなく、無党派層への浸透でも国松候補に立ち後れているという報道である。
この世論調査は、一定の誤差があるとは思うが、大きな誤報というようなものではなく、恐らくこの状況が約1週間の選挙運動によって、ひっくり返ったものだろうと思う。嘉田さんの最後の1週間の追い上げは猛烈なものだったわけである。
私としては、独自の調査網もないし、世論の動向についても詳しく知る立場になかったが、選挙後の自民党の「ショック」や、全国レベルでの「衝撃度」から見て、大方が国松候補(自公民相乗り)の「無難」な再選を想定していたのだろう。
つまり、今回の「滋賀ショック」というのは、無党派(社民党のみ推薦)の候補者が自公民の相乗り候補(オール与党)に勝利したというだけではなく、「事前の予想」を最後の瞬間に覆して当然したという衝撃が加わっているのだと思う。
最近の知事選挙では、政党の推薦や支持を敢えて受けずに「無党派」として立候補し、当選するというスタイルがかなり一般化している。候補者の政治的信条は様々であり、保守とか革新の色分けも複雑であるが、上田埼玉県知事、石原東京都知事、松沢神奈川県知事、田中長野県知事、橋本高知県知事といった具合であり、岩手の増田知事や宮城の前浅野知事なども、そういった範疇に入るかもしれない。
こういった現象の拡大傾向を見ていると、端的にいって国政レベルの政治を地方で実践することに対する、住民の批判が前提にあると思われる。国政レベルで「抵抗勢力」が撲滅され、新自由主義的な政策を推進する人たちが国会の多数を占め、小泉チルドレンなどと言われているが、所詮この方たちは「地方切り捨て」のスタンスであり、地方レベルの具体の政策で支持をされているわけではない。
悩ましいことに、自民党のこういった国と地方の矛盾、都市と農村の矛盾を解決できない「構造的な矛盾」に対し、民主党も同様の矛盾を抱えているので、自民党の低落=民主党の躍進という構図が地方から簡単に実現できないわけである。
民主党は、小沢体制になって以降、国政でも「対決姿勢」を強化(する方向を演じ)し、地方レベルでも「相乗りはしない」方向を追求しているが、現実はそう簡単ではない。現職の知事などの不支持に回れば、即地方レベルで野党に「転落」してしまう恐怖もあり、また、自民党系の県議が1700人に対し、民主党系は500人程度と、基礎体力も遙かに及ばないという事情もあろう。
以上のような問題を含め、小泉構造改革の「行方」=ポスト小泉の焦点としての地方のウエイトは益々拡大していくだろう。国政と地方のねじれ現象そのものは、これまでもあったが、国政における「対決」を演じつつ、地方では「利権を共有する」というスタイルが一般的であった。構造改革路線はこういった政治的演出を壊し、既存の開発主義的な利益誘導政治から、住民の福祉や地域の利益を犠牲にしても大企業のグローバル競争に勝利するという命題を絶対的なものに昇華したのであった。
地方における様々な矛盾をこの構造改革の「基本矛盾」に引きつけて、どれだけ具体的に問題を指摘し、オルタナティブな政策を掲げるか、この辺がポイントになってくるだろう。
2)嘉田由紀子『水辺ぐらしの環境学』(昭和堂)
さて、私の手元に嘉田由紀子『水辺ぐらしの環境学』という本がある。嘉田さんは、多くの著作を持っているので、嘉田さんの本を持っていること自体は別に珍しい話ではない。
ちょっと面白いのは、実は、この本には嘉田さんのサインがあり、贈り先は辻義則さんなのである。何で、私の手元にこんな本が存在するのかといえば(滋賀県の組合の委員長からお借りしたものであるが)、滋賀県政の状況と関連をするのである。
辻さんは、滋賀県職の委員長をはじめ滋賀県の自治労連の委員長もされた方であるが、びわこ空港反対や新幹線の栗東新駅建設反対の訴訟の代表であり、労働運動と市民運動を股にかけて、滋賀県政を民主化するために、長い間奮闘をされてきた。
一方、嘉田さんは環境社会学の専門家であり、環境問題や地域の再生問題などに、学問、実務のレベルからタッチされてきた方である。
こういったことから、お二人が県政の転換のために接近することは当然の話といえば、当然の話であった(本の贈呈)。
立候補の表明は、辻さんが3月、嘉田さんが4月と、辻さんの方が早かったのであるが、嘉田さんから日本共産党を含む県内全政党に推薦の申し入れがあったことから、両者の「統一」問題の協議が始まったのである。
この点に関して、ネットでは以下のサイトが事実関係を解明している(削除されているようです11月/21日)。
共同ができなかったのは、このサイトの説明が正しいと仮定すると、恐らく、以下のような話になるのであろう。
嘉田候補のバックに一部自民党の県議などがおり、両者の統一に「反自民」色を出すこと、共産党が「推薦」することを嫌う勢力があったということことがまず一番大きかったと思う。
しかし、これは考えようによっては(説明文にもあるが)、政策で一致すれば、やり方はいくらでもあるだろう。
そこで、次に問題になったのが、嘉田さんの政策が3点に絞られ、他の県政上の一致する問題を敢えて俎上に載せなかったという問題だろう。これも、第一の姿勢の問題とリンクをしているように思う。
また、説明文には直接は書いてないが、嘉田さんの陣営の統一の議論への参加者がその度に変わり、一環した議論がされなかったことが指摘されるだろう。 上記サイトでは、この問題への「不信」のようなニュアンスが読み取れるが、実際はどうだったのであろうか。
3)市民派選挙とは何か?
実は、嘉田さんのバックには、市民派選挙を得意とするメンバーが選対として加わっていたと言われている。私は、事実関係を直接調べたわけではないので、この事実関係については、もし間違っていればご指摘をお願いしたい。
堂本千葉県知事の選挙を始め、沖縄の選挙であるとか、様々な選挙を全国的に闘い、「市民派選挙の神様」といわれる方がついていたという話である。
これは、ネット上の様々な掲示板サイトなどで、議論されているので、恐らく事実であろうと思い書いているのであるが、この問題も考える必要がある。
国松候補が、自民党、民主党、公明党の推薦をとったので、嘉田候補がもう共産党の推薦をとる必要がなくなったと述べたというくだりがある。
嘉田さんの得票を見ると、民主党や無党派層の中で圧倒的な支持を得ていたが、同時に注目されるのは自民党支持の30%以上をとったという事実である。このようなことから、共産党との共同を嫌う路線には一定の根拠があったのかも知れない。しかし、辻さんも七万票以上を獲得しており、無党派層や社民党支持者からも10数%の得票をしているので、もし、お二人が統一をして、選挙を闘っても、十分に勝利を収めたと思う。両者の合計は60%を超えるのである。
さて、そこで、お二人のマニフェスト、政策を拝見すると、実によく似ている。というか、二人立候補する必要がないと言い切れるような内容である。 私は最初に嘉田さんのマニフェストを見たとき、本人の専門の立場からの政策も含めて、「実に良くできている」「最近の知事選挙の政策としては出色の出来」と見立てた。
もちろん、公務員のリストラであるとか、嫌らしい問題も含まれていたのだが、環境問題(ダム、新幹線の新駅問題、廃棄物処理施設問題など)は十八番だから当然かも知れないが、福祉や医療、教育問題でも人的措置を明確にしつつ、かなり斬新的(例えば、教育では五年後の三〇人学級、高校の充実などを教員の拡充を含め具体的に述べられていた。これは長野県の田中知事の姿勢などと比しても、明確に革新的である)であった。
こういう事実から、恐らくお二人が統一されたならば、圧勝だったのだろうと思う。新幹線の駅に拘泥する県会議員や地元の有力者などの出番はおそらく永久にこないような状態になったと思われる。
そこで、今後の問題が極めて重要になる。
4)今回の選挙結果が投げかけたもの
そこで多少教訓めいた話をしておこう。今回の選挙結果は、事前の予想が見事に覆されたというだけではなく、自民党にも民主党にも衝撃的であった。
自民党はオール与党で、公明党などの力も借りないと、知事選挙のみではなく、小選挙区制での当選も危ない地域がたくさんある。昨年の総選挙では、小泉構造改革、就中郵政民営化だけを政策として掲げて、都市部の票を総取りしたことが大きいが、これは、いつ民主党にヒックリ返されるか不安な票である。
農村ではどうか。農村では北海道に象徴されるように、新党大地が40万を獲得した。つまり、構造改革=新自由主義改革に反対の層は、「古きよき時代」の利益誘導政治への回帰を目指す以外になかったのである。
農村の票を民主党が獲得するのは、なかなか困難である。農産物の輸入自由化を含めて、自民党以上に新自由主義的政策を掲げてきたわけなので、今更、農業を守るとは言えない状態である。弥縫策しか持ち得ないわけである。
こういったことから、自民党政治によって直接被害を受ける農村=地方の保守的な層と、都市部でこれまで革新自治体を経験してきたような勤労者層が、様々な面で共同することが極めて有力な「日本の変え方」になると思われる。
いずれにしても、新自由主義改革に明確にストップをかけ、その上で、憲法擁護などの平和や民主主義の課題を鮮明にする。
このような路線を掲げた上で、労働者の社会的地位の向上を明確に謳う必要がある。グローバリズムからアジアの都市とも競争が激しくなり、労働者の労働条件の切り下げ競争に巻き込まれる。
ここで、国のあり方として「労働者の権利と平和の維持を一体のもの」として定式化する必要があると思われる。ここを曖昧にすると、果てしない官民の労働条件切り下げ競争、非正規労働者の一般化、アジア労働者の搾取強化という流れを断ち切れなくなる。
大体、自治体の政策の中心に「リストラ」をおくような現状はどこからくるのだろうか。それは、一言でいって、これまでの自治体のあり方が「勤労者」つまり現役でぴんぴんとして働き、自治体に頼ることがなかった労働者が、現在の自治体のあり方を「生ぬるい」と感じていることにある。
しかし、非正規労働者にとって、国保や国年はまさに自分の問題であるし、失業や雇用、職業訓練などもこれまでになく「身近」な問題になっている。
つまり、若年労働者をはじめ、これまで自治体と「疎遠」だった人たちが、自治体の政策やスタンスと関わりをもつようになってきているのである。
この変化をくみ取らないで、これまでの流れを守旧的に踏襲しているのでは自治体はその存在価値を示すことができなだろう。平たく言って、従来の「革新自治体」を再建するというようなイメージではなく、「新しい」住民=勤労者奉仕の自治体を打ち立てるというイメージである。勿論、そのためには、これまで社会的弱者といわれていた人たちへの福祉の充実や、生活・権利の向上といった問題を、格差社会の中で追求するという課題も大きいものがある。女性や青年の固有の問題への対応も、かつての革新自治体の時代とはまた異なったレベルになっている。
今回の選挙では、直接こういったことを念頭においた政策が出されていたわけではないが、嗅覚鋭くこの問題ににじり寄るセンスを感じた。自治体労働運動の役割も、地域の臭いを嗅ぎ分け、労働者を含め、弱者、女性、老人などの参加をサポートし、自治体の新しい政策と対応、公共性の再建に貢献することだろうと思う。
滋賀県では、今回の選挙から「統一がうまくいかなかった」という否定的面だけではなく、より積極的な面を選り分け、新しい県政建設に向けて奮闘をして頂くことを期待したい。勝手なことを述べたが、ご海容を頂きたい。

