2006年11月19日(日)
地方自治の危機をどうみるか?
Ⅰ)はじめにー「闘う知事会の失速/相次ぐ改革派の引退が痛い」(河北新報)は本質を突いているか?
11月19日付けの「河北新報」は、上記の表題をつけ「一昨年の今ごろ、「闘う」という形容語がついていた全国知事会の影が、このところ薄い。かつては「サロン」にすぎなかった知事会だが、国・地方財政の三位一体改革などをめぐり地方代表として政府と激突。それは新しい地方の時代さえ予感させる変身だった。それがこのパワー低下だ。一体、知事会に何が起きたのだろうか。」と述べている。
また「北川正恭前三重県知事や浅野史郎前宮城県知事は既に退き、木村良樹和歌山県知事は談合容疑で逮捕、辞職も間近だ。増田寛也岩手県知事も今期限りでの引退を明らかにした。改革派知事たちは三位一体改革で地方分権の実現を主張したり、ローカルマニフェストの導入による地方政治の改革を提案したりして存在感を高めた。もちろん、三位一体改革では、国から地方に3兆円が税源移譲される一方で、地方交付税が3年間で5兆円以上も減らされてしまい、霞が関の厚い壁に阻まれた。しかし改革派の発言力がなければ、地方が失うものはもっと大きかっただろう。」と述べている所から見て、梶原元岐阜県知事が主導した「闘う知事会」や、「改革派知事」の果たした役割をかなり評価しているように見える。
これらの「改革派」知事が健在であった状況の下で、「三位一体改革」が行われ、「税源移譲」に見合う補助金のカットを反対者の存在にも拘わらず、知事会として決定し、「まがりなりにも」国に対し、地方分権や地方の裁量権の拡大を標榜しつつ、要求を突きつける状況に到ったことは事実である。しかし、同時に見ておかなければならないことは、上記の記事が指摘しているように「地方交付税が3年間で5兆円以上も減らされ」た事実である。記事は、この事実の評価に当たって「改革派の発言力がなければ、地方が失うものはもっと大きかっただろう」としている。つまり、改革派の発言力がなければ、更に大きく国から地方へ財政負担のつけ回しが行われただろうというわけである。こういった評価は妥当なものであろうか。私は、現在の地方自治をめぐる状況について「戦後最大の危機に直面する地方自治」という視点から、問題を整理して見たい。
Ⅱ)知事の汚職や信用失墜行為の連続は何を意味するのか。
河北新報の記事などの延長線上には、改革派知事などの「一層の活躍」によって、国から地方への税源移譲や「地方の裁量の拡大」などを推進すべきであるということになるが、実際の事態は、全くそれとは反対の方向を向いている。
全国知事会の動向の中では、異色の存在であった福島県の佐藤栄佐久元知事の逮捕、改革派の旗頭を自認し、道州制検討会をリードした和歌山県木村良樹知事の逮捕が続き、元全国知事会長の梶原拓元知事も、岐阜県の「組織的集団的公金横領件(一般的に報道されている「裏金事件」)によって、大きく信用を失墜させた。また、宮崎県の安藤忠恕知事も、談合事件をめぐって議会からの辞職要求もあり、今後の去就が注目されている。
トップの逮捕や不祥事が連続し、また、程度の差はあっても、岐阜県と同様の「裏金事件」の発覚も続いている。このような事実群を単なる「偶然」であると見ることは適切ではないだろう。いくつかの視点から考える必要がある。
①知事会などの主張してきた「地方の裁量度の拡大」とは何だったのか?
②なぜ、この時期に談合問題などの摘発が一斉に行われ、自治体のあり方が問われれる事態と成っているのか。
③逮捕されたり、警察から事情聴取されたりしている「知事」「元知事」などは、「正しい主張」の下で、実際にはダーティな行為を行っていたという「二重人格」だったのか、それとも、問題はその主張とも関係していたのか。
④今更ながらのことではあるが、何故、事前に汚職等の発生を防ぐことができなかったのか。福島県の佐藤元知事の場合は、「長期独裁県政」が問題にされていたが、任期のまだ短い木村知事なども同様の事件を起こしている(高級腕時計を集める趣味とか、どこが改革派かと吐き気を催す)。
Ⅲ)やはり「地方分権」のそもそもからの総括が必要である。
知事会をはじめとする地方団体や、首長の多くの人たちが強調していた「地方分権」とはなんだったのか。その進むべき道は、どのようなものだったのか。道を途中で誤ったのか、それとも、事件そのものが「分権」をめぐるあり方・攻防と関係をしていたのか。色々な視点が設定可能であろう。
「地方分権」そのものは、1993年の細川非自民連合政権の下で「第三次行革審最終答申」という形で、政治の表舞台にのぼってきた。自民党一党独裁政治の弊害が、自民党の利益誘導政治と経済のグローバリズムとの矛盾の顕在化の中で自覚され、小沢一郎氏の自民党の「破壊」=分裂行為によって、自民党は政権党から「転落」をした。
その自民党が「本来」期待されていた「政治のプログラム」が「地方分権」や「官から民へ」という行政の民間化・市場化であり、公務員制度の「改革」であり、強い内閣主導の政治であった。小泉構造改革のプログラムは、先駆的或いは端緒的に、行革審答申に大筋で組み込まれていた。自民党がこれらのプログラムの実行部隊として「相応しくない」「実行不可能」であるという苛立ちが、経済界・財界を含めて拡大し、ついに自民党の分裂劇とともなった政変によって、推進の主体を得たのであった。
さて、途中を大幅に省略するが、この第三次行革審答申を踏まえて、地方分権推進法が成立し、地方分権が国政の場で、はじめてオーソライズされた。地方分権推進委員会は、「地方の自己決定権」というキーワードを確立し、任期の延長も伴って、複雑な状況の下ではあったが、機関委任事務制度の「廃止」や自治体の事務の分類を「自治事務」と「法定受託事務」「国直轄事務」に仕分けするという、戦後の自治制度改革なかでも、注目すべき提言を行ったのである。地方の条例制定権なども、一定の制限下ではあるとはいえ、強化されたことも事実である。
橋本6大行革の中で、「地方分権」はデフォルメされ「実行可能なこと」(つまり、中央省庁の了解を得られる範囲内)に矮小化され、これが中央省庁の「抵抗」(抵抗勢力)によるものであるという「俗説」が、マスコミや学者の議論を席巻し、地方分権×中央省庁の抵抗とういう「図式」も、国民の間に広がっていった。ここで「俗説」と敢えて述べたのは、中央省庁の「抵抗」がなかったという意味ではなく、抵抗は当然に存在していたが、この構図によって「地方分権」=善、「中央省庁」=悪(官僚支配の打破の必要性)が当然のこととみなされ、それによって「地方分権」そのものの意味や、地方自治、民主主義との関係など、本来、一層緻密かつ厳密に考察されるべき問題が、希釈されて行ったという歴史的「事実」を含意しているつもりである。
さて、地方分権推進委員会は、次第にその勢いが萎え、地方分権改革推進会議に取って変わられたが、ここでは、地方分権をめぐって、「税源移譲」のあるやなしやという問題が、最大の焦点になっていった。総務省と国の財政再建を最優先する財務省の鞘当ての中で、推進会議の最終報告では、税源移譲という言葉は出ず、国と地方の役割分担や税源再配分のあり方というような、税源移譲については玉虫色(というか、期待できない)になった。その最後の局面において、小泉首相が重視してきた「経済財政諮問会議」において、税源移譲の必要性が述べられ、推進会議の答申に反対をしていた4人の議員(神野直彦氏など)は、歓喜をしたのであった。神野氏は『世界』の論文で「女神はほほえんだ」とのべ、経済財政諮問会議の提起に最大限の賞賛を与えたのであった。
Ⅳ)「地方の自己決定権」から「裁量度の拡大」「地方の自由度」「自由と責任」「自由と自律」への変遷
「自己決定権」という言葉は、近代において「個人」が確立してきた歴史の中で、なかなか魅力あるタームではある。同時に注目して置く必要があることは、自立した個人と個人の関係において、各人に「自己決定権」が確立される状態を保障することは、「他者の自由」と競合する。従って、社会的な関係の中において「自己決定権」とは自ずから限界を持っていることになる。
今日のミクロ経済学では「常識」になっているが、「個人の集合体としての社会の選好の集計方法、選択ルールの決め方、社会が望ましい決定を行なうようなメカニズムの設計方法」は社会選択論(social choice theory)と言われる。
ところが、この社会選択論の先駆者であるK.アローは、次のような4つの民主的な条件を満たす社会厚生関数が存在しないことを証明した(アローの「不可能性の定理」)。つまり個人の選好の自由を前提としてその「総和」としての社会的選好を民主的に行うことは不可能であるという含意である。
①人々の選好についてはいかなるものも許される。
②パレート原理(ある社会に属する個人全員がYよりXを好む選好があれば、社会的にもそう判断するのが適当である。
③無関係な選択対象からの独立性(異なる選択肢XとYについての社会的選好は、その2つについての個人の選好のみによって決まり、第3の選択肢(Zなど)とX或いはYについての選好にはよらない。
④独裁者がいないこと(個人が選好する選択肢が社会的にも選好されるような個人の存在)
注)この辺の入門書として有名なのは、佐伯胖:「きめ方」の論理 社会的決定論への招待(東大出版)
さて、以上の話しはそう単純な議論ではなく、①~④のいずれかを犠牲にするとか、或いは前提を変えるなどの方法によって、様々な「克服」の方策が考えられてきたのであるが、本論とは関係ないので省略する。問題は「自治体としての自己決定」の話しであった。
個人の「自己決定」についても、その集合としての社会を考えると「不可能」とも言えるわけであるが、まして、自治体は単なる「集合」ではなく、「統治体」である。「統治体」が個人を「離れて」自己決定権をもった方がよいというような議論は、元来ナンセンスである。恐らく、自治体論として国際的にみても非常に珍奇な部類に入るのではないだろうか。
単に国の過度の干渉を排して、住民本位の行政を行う条件を拡大するというような「一般論」=民主主義論であれば、肯定される課題であろうが、どういうわけか背景はよくわからないが、「自治体の自己決定権」の必要性が、税源移譲や国から自治体への権限や事務の移譲を「正当化」する議論として、中心的な存在になっていった。
その「自己決定権」がどのようにして「自由度」であるとか「自由と責任」などに「転化」」していったのかについて、その「経過」については、前に整理をしたことがある(「地方の自由度なる不思議な用語」)。
ここでは、その「経過」は省いて、それが次第に羽目を外し、「裁量権の拡大」「自由度」「自由と責任」であるとか「自由と自律」などというおよそ、地方自治とか統治体としての自治体のあり方とは無関係な恣意的な議論に転化をしてきたという事実を指摘するに留める。
自治体の「自由度」とは何だろうか?今回の逮捕された知事さんたちは「自由度が大きかった」というのであろうか。であれば、これ以上「自由度」を増すことは、更なる「汚職や不正行為」の拡大に帰結してしまう。それとも、自治体の裁量権の拡大とは、知事などの「トップ」の話しではなく、住民の裁量権の拡大だというのであろうか。
これまでの国と地方の権限移譲や、税源移譲の話しは、基本的に「団体自治」の話しであり、その基礎にある「住民自治」との関係についての議論は希薄であった。アローの定理ではないが、個人の選好の自由(自己決定)を前提とした社会的選好のあり方などという「高級」な議論にも程遠いものである。
このように見てくると、「自治体の自由度」とは、無内容なものであり、「生活保護の切り捨ての自由」であったり、「イジメを放任する自由」であったり、「国歌や日の丸を強制する自由」であったりする可能性も、「自由度」の名のもとに正当化されるおそれがある。
まともな制度論も、制度に関する機能論も存在しない「裁量性」とか「自由」「責任」などの議論は、およそ、地方自治とは無縁である。財政破綻をきたした夕張市には、自己決定権や自由はないのであろうか。住民は、住民税の引き上げ、特養ホームの廃止、職員は給与の30%カットや定数の半減を受け入れない「自由」はないのか。
財政危機が高じて、「破綻」状態になれば、自治体としての「自由度」は兎も角としても、住民の生活すら保障されないことが許されるのであろうか。不思議といえば、不思議な話である。
特定の自治体の住民であることと同時に、住民は日本国の憲法の下での諸権利を保障される必要がある。自己決定や自由度、裁量権などのはるか以前の問題である。
Ⅴ)戦後最大の危機に直面する自治体・地方自治
このように見てくると、「改革派」が標榜してきた自由度などのタームは、極めて恣意的な内容を伴うことが理解できる。
いま日本の自治体は、「戦後最大の危機に直面」しているという岡田知弘氏(『経済』11月号のインタビュー)の指摘は正しい。三位一体の改革も「地方分権」から始まったのであるが、この地方分権のイデオロギーが「統治体」の自己決定であったり「裁量権拡大」「自由度拡大」だとすれば、それは、住民自治の拡大を意味しない。
事実、地方分権は平成の大合併に帰結し、3200余りの自治体が1800自治体に減少し、人口1万人未満の自治体を、他の自治体の内部団体にするとか、都道府県などに「補完性の原理」に基づき、事務委託を行うなど、事実上の「非自治体化」の議論が出てきたのであった。この議論は、自治体の当然の反発もあり、現時点で成就していないが、議論が消えてしまったわけではなく、人口20万人とか30万人の「基礎自治体」づくりが、事実上進められている。平成の大合併の更なる発展である。
その上に立って、現在進められようとしているのは、都道府県から「基礎自治体」への事務・権限の移譲であり、都道府県行政のだるま落とし的な「中抜き」の指向である。都道府県知事が、自らの存在を否定する自虐的な「道州制」を推進するという、過去には考えられなかったような主張を行い、時としてこれが主流となって来ている状況を見るにつけ、都道府県が自治体リストラの「環」になっており、自治体の軽量化促進の中心的存在になっていることが理解できる。
今回の知事の犯罪や不正行為は、総務省主導型の「自治体としての道州制」論などにもダメージを与えるだろうし、まして、地方に公共事業の大規模な権限移譲を行うというような「流れ」は反転するだろう。そして、都道府県合併(合体)=自治体としての道州制は、国の出先を中心とした地方支分部局のリストラと再編に飲み込まれた、国ー自治体関係の再編に帰結して行く恐れも拡大するだろう(地方自治体としての「道州制」というのも、自己矛盾を孕み、到底支持できないのであるが、この問題は別途考察する)。
併せて、談合などによる公共事業の私物化と、費用な拡大(政治資金や利益誘導)は糾弾され、コスト削減中心の「改革論」が台頭してくるだろう。そこには、地元の中小企業などを擁護しつつ、地域の発展をはかる地域循環的な発想は希薄になり、海外資本を含めた「コスト合理化」が市場主義の下で、猛威を振るっている可能性すらある。
三角合併などの、多国籍企業の日本支社を媒介とした海外資本の進出などは、製薬会社や金融などにとどまらない。国土政策の転換は、地方への負担の強化を含みつつ、国際資本を含めた資本の流通や蓄積形態の変化と対応をしたものとなろう。
ある意味で、今回の自治体をめぐる汚職、不正の摘発は、ホリエモン事件の自治体版であると言えば理解しやすいかも知れない。単純な「談合撲滅論」や「管理体制の強化」などの議論では、済まない本質を持っているのである。
しかし、自治体関係者の議論は、そういった危機感ばかりではない。確かに、三位一体改革では、正確な計数を出すのは困難であるが、4兆円、5兆円という「持ち出し」を強いられた。それを税源移譲が「不十分」であったからとして、「本格的」な税源移譲を実現することが、三位一体改革の第2ステージであるとか、地方分権のあるべき方向であるというような「ノー天気」な議論もまかり通っている。
北海道の市町村180の三分の一くらいは、地方税の歳入にしめる比率が5%とか10%以下である。こういった、自治体に合併を強い、道庁をリストラしてスマートにするような方向で、道州制特区が実現され、基礎的自治体の疲弊を拡大して、自治の前進に帰結するであろうか?
岩手県の増田知事は、もう地方ごとの議論の差異を無視して「団結」だけを言う時代ではなく、地方交付税のあり方をはじめとした議論の「違い」を顕在化させ、決着をつけるべき時期に来ていると主張している。地方の格差拡大は、確実にやってくる。
再編された国土政策は、地方ごとの「核」を形成して、地方ごとに「自立」を強制することになる可能性が強い。地方が主張すべき中心的な事柄は、国と地方の財政関係や財政移転を通じて、ナショナルミニマムが住民に保障される「自治制度」であろう。交付税による財源保障はその根幹をしめる。
この交付税の「廃止」や、地方債の自由化による「自治体の自立」の強制は、自治の破壊であり、住民生活の破壊である。
犯罪行為が白昼堂々と行われようとしていることに、注意を喚起せざるを得ない。これは、改憲の具体の内容の先取りであり、改憲そのものである。全国知事会などが、改憲に便乗して、地方自治の「充実」を盛り込もうとしているように見えることも錯覚であり、事実関係は改憲の促進(改憲にはよい面もあるし、悪い面もあるというような「相対化」による改憲の合理化)であり国の出先としての性格を自治体に強制する方向でもある。
自虐史観ならぬ、自虐自治論である。倒錯した「地方分権」論に終止符を打つべき時期がきている。
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写真は、北海道の美瑛駅です。区画整理された周辺の商店街の美しさが印象的でした。

