<< 2007年08月

1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

 2007年01月03日(水)

戦後最大の「危機」に直面する地方自治・自治体②

★戦後最大の「危機」に直面する地方自治・自治体①からの続き―

*「地方分権」とは一体何なのか?
 知事会をはじめとする地方団体や、首長の多くの人たちが強調していた「地方分権」とは何だったのか。改めてその「総括」を反省的に行う必要があろう。上記のような「事件の発生」によて「地方分権改革自体をストップさせてはならない」というような批判も出るだろうが、そういう無内容な「分権論」こそ、筆者が「改憲的地方分権」と呼ぶ流れそのものに収斂するだろう。
 「地方分権」そのものは、1993年の細川非自民連合政権の下で「第三次行革審最終答申」という形で、政治の表舞台にのぼってきた。自民党一党独裁政治の弊害が、自民党の利益誘導政治と経済のグローバリズムとの矛盾の顕在化の中で自覚され、小沢一郎氏の自民党の「破壊」=分裂行為によって、自民党は政権党から「転落」をした。
 その自民党が「本来」期待されていた「政治のプログラム」が「地方分権」や「官から民へ」という行政の民間化・市場化であり、公務員制度の「改革」であり、強い内閣主導の政治であった。小泉構造改革のプログラムは、先駆的或いは端緒的に、行革審答申に大筋で組み込まれていた。自民党がこれらのプログラムの実行部隊として「相応しくない」「実行不可能」であるという苛立ちが、経済界・財界を含めて拡大し、ついに自民党の分裂劇とともなった政変によって、推進の主体を得たのであった。
 さて、途中を大幅に省略するが、この第三次行革審答申を踏まえて、地方分権推進法が成立し、地方分権が国政の場で、はじめてオーソライズされた。地方分権推進委員会は、「地方の自己決定権」というキーワードを確立し、任期の延長も伴って、複雑な状況の下ではあったが、機関委任事務制度の「廃止」や自治体の事務の分類を「自治事務」と「法定受託事務」「国直轄事務」に仕分けするという、戦後の自治制度改革なかでも、注目すべき提言を行ったのである。地方の条例制定権なども、一定の制限下ではあるとはいえ、強化されたことも事実である。
 しかし、現実のプロセスとして、橋本6大行革の中で、「地方分権」はデフォルメされ「実行可能なこと」(つまり、中央省庁の了解を得られる範囲内)に矮小化された。これが中央省庁の「抵抗」(抵抗勢力)によるものであるという「俗説」が、マスコミや学者の議論を席巻し、地方分権×中央省庁の抵抗という「図式」も、国民の間に広がっていった。ここで「俗説」と敢えて述べたのは、中央省庁の「抵抗」がなかったという意味ではなく、抵抗は当然に存在していたが、この構図によって「地方分権」=善、「中央省庁」=悪(官僚支配の打破の必要性)が当然のこととみなされ、それによって「地方分権」そのものの意味や、地方自治、民主主義との関係など、本来、一層緻密かつ厳密に考察されるべき問題が希釈されて行ったという歴史的「事実」を含意している。
 さて、地方分権推進委員会は、地方分権改革推進会議に取って変わられたが、ここでは、地方分権をめぐって、「税源移譲」のあるやなしやという問題が、最大の焦点になっていった。総務省と国の財政再建を最優先する財務省の鞘当ての中で、推進会議の最終報告では、税源移譲という言葉は出ず、国と地方の役割分担や税源再配分のあり方というような、税源移譲については玉虫色の結果になった。その最後の局面において、小泉首相が重視してきた官邸主導行政の目玉であった「経済財政諮問会議」において、税源移譲の必要性が述べられ(「骨太方針」)、推進会議の答申に反対をしていた4人の議員(神野直彦氏など)は、歓喜をしたのであった。神野氏は雑誌『世界』の論文で「女神はほほえんだ」とのべ、経済財政諮問会議の提起に最大限の賞賛を与えたのであった。
 それでは、新自由主義改革の象徴ともいえる小泉構造改革=経済財政諮問会議は、地方自治の前進にとって「女神」だったのであろうか。

*「地方の自己決定権」から「裁量度の拡大」「地方の自由度」「自由と責任」「自由と自律」への変遷
 「自己決定権」という言葉は、近代において「個人」が確立してきた歴史の中で、なかなか魅力あるタームではある。同時に注目して置く必要があることは、自立した個人と個人の関係において、各人に「自己決定権」が確立される状態を保障することは、「他者の自由」と競合する。従って、社会的な関係の中において「自己決定権」とは自ずから限界を持っていることになる。
 今日のミクロ経済学では「常識」になっているが、「個人の集合体としての社会の選好の集計方法、選択ルールの決め方、社会が望ましい決定を行なうようなメカニズムの設計方法」は社会選択論(social choice theory)と言われる。
 ところが、この社会選択論の先駆者であるK.アローは、次のような4つの民主的な条件を満たす社会厚生関数が存在しないことを「証明」した(アローの「不可能性の定理」)。つまり個人の選好の自由を前提としてその「総和」としての社会的選好を民主的に行うことは不可能である定理である。
①人々の選好についてはいかなるものも許される。
②パレート原理(ある社会に属する個人全員がYよりXを好む選好があれば、社会的にもそう判断するのが適当である。
③無関係な選択対象からの独立性(異なる選択肢XとYについての社会的選好は、その2つについての個人の選好のみによって決まり、第3の選択肢(Zなど)とX或いはYについての選好にはよらない。
④独裁者がいないこと(個人が選好する選択肢が社会的にも選好されるような個人の存在)
 注)入門書として、佐伯胖『「きめ方」の論理』(東大出版会、1980年)
 さて、以上の話しはそう単純な議論ではなく、①~④のいずれかを犠牲にするとか、或いは前提を変えるなどの方法によって、様々な「克服」の方策が考えられてきたのであるが、本論とは関係ないので省略する。問題は「自治体としての自己決定」の話しであった。
 個人の「自己決定」についても、その集合としての社会を考えると「不可能」とも言えるわけであるが、まして、自治体は単なる「集合」ではなく、「統治体」である。「統治体」が個人を「離れて」自己決定権をもった方がよいというような議論は、元来ナンセンスである。住民の「自己決定」とも等値できない。恐らく、自治体論として国際的にみても非常に珍奇な部類に入るのではないだろうか。
 単に国の過度の干渉を排して、住民本位の行政を行う条件を拡大するというような「一般論」=民主主義論であれば、肯定される課題であろうが、「自治体の自己決定権」の必要性が、税源移譲や国から自治体への権限や事務の移譲を「正当化」する議論として、中心的な存在になっていった。
 その「自己決定権」がどのようにして「自由度」であるとか「自由と責任」などに「転化」」していったのかについて、その「経過」については、省略する。
 ここでは、「自己決定権」からさらに羽目を外し、「裁量権の拡大」「自由度」「自由と責任」であるとか「自由と自律」などというおよそ、統治体としての自治体のあり方とは無関係な恣意的な議論に転化をしてきたという事実を指摘するにとどめておく。 
 自治体の「自由度」とは何だろうか?今回逮捕された知事たちは「自由度が大きかった」というのであろうか。それとも、自治体の「自由度」とは、知事などの「トップ」の話しではなく、住民の裁量権の拡大だというのであろうか。
 このように見てくると、「自治体の自由度」とは、無内容なものであり、「生活保護の切り捨ての自由」であったり、「イジメを放任する自由」であったり、「国歌や日の丸を強制する自由」であったりする可能性もないとは言えないのである。しかし、財政破綻に陥った夕張市には、自己決定権や自由はないのであろうか。住民は、住民税の引き上げ、特養ホームの廃止など、およそ憲法25条に抵触する再建案を受け入れない「自由」はないのであろうか。

*戦後最大の危機に直面する自治体・地方自治
 現在の自治体が「戦後最大の危機に直面」しているという岡田知弘氏(『経済』11月号のインタビュー)の指摘は正鵠を射ている。その具体の内容についても「地方自治の制度基盤の空洞化」「道州制問題」「三位一体改革から地方財政リストラへ」「人件費の削減、市場化テスト法の導入」「小さくて強い政府づくり」などを指摘しており、住民自治空洞化の危険について述べている。拙論では、こうった個々の内容については、福祉問題を中心とした各論に譲り、地方自治をめぐる大状況の描写を目指してきた。
 この間の「地方分権」は平成の大合併に帰結し、3200余りの自治体が1800自治体に減少し、人口1万人未満の自治体を、他の自治体の内部団体にするとか、都道府県などに「補完性の原理」に基づき事務委託を行うなど、事実上の「非自治体化」の議論が出てきた点に大きな特徴がある。人口20万人とか30万人の「基礎自治体」づくりが、グローバル地域競争を根拠として進めらようとしている中で、まさに自治体の存亡に関わる事態である。「存続」した自治体も、「存続」を自己目的化する中で行政の民間化が進行し、「自治体」とは言い得ない状態になることとセットになる。道州も先に指摘したように、完全自治体としての道州などは絵空事となり、都道府県行政のだるま落とし的な「中抜き」=財政リストラと道州制の確立が一体的に追求されるだろう。「自治体としての道州制」論は、国の出先を中心とした地方支分部局のリストラと再編に飲み込まれ、国・自治体関係の再編に帰結して行く危険が一層強まることになる。
 しかし、自治体関係者の議論をみると、危機感は希薄かつ目先の問題に集中し、三位一体改革では、4兆円、5兆円という「持ち出し」を強いられたにも拘わらず、税源移譲が「不十分」であったからとして、「本格的」な税源移譲を実現することが、「第2次分権改革」とあるというような倒錯した議論が蔓延している。
 地方団体の中でも利害の錯綜と意見の違いは顕在化しつつあるが、岩手県の増田知事は、もう地方ごとの議論の差異を無視して「団結」だけを言う時代ではなく、地方交付税のあり方をはじめとした議論の「違い」に決着をつけるべき時期に来ていると主張している。地方の格差拡大は、確実にやってくる。新しい国土政策は、地方ごとの「核」を形成して、地方ごとに「自立」を強制することになるが、これも地方ごとの浮き沈みを拡大する。
 このような状況において、地方が主張すべき中心的な事柄は、国の責任の明確化と国と地方の財政関係や財政移転を通じて、ナショナルミニマムが住民に確実に保障される「自治制度」の確立であろう。交付税による一般財源保障はその根幹をしめるが、交付税の「廃止」「縮小」や、地方債の自由化をベースとした「自治体の自立」の強制は、自治の破壊であり、住民生活の破壊に帰結する。
 各論で展開されている、自治体や住民をめぐる「新しい困難」を直視し、「格差の拡大」「ナショナル・ニミマムの崩壊」への道をストップさせ必要がある。地方制度の改革は、改憲や国民投票法などを阻止する中から展望が生ずるものである。改憲に便乗した地方制度改革などに未来はないことを明確にしておきたい。

*****************************************************

葛飾北斎日暮れの富士