2005年10月16日(日)
暴走小泉構造改革と批判の視点
●郵政民営化問題に端を発した総選挙における「小泉自民党」の「圧勝」によって、構造改革の暴走が目に余るようになってきた。
『日経新聞』などの悪のりは、とどまるところを知らず、思わず顔を赤らめる「はしゃぎ」ぶりである。
この14日に「郵政民営化法」が成立したが、日経新聞は早速「社説」を掲げ、「郵政改革 初めの一歩・・・実効ある民営化へ不断の見直しを」主張していた。
社説は「金融事業の分離」すなわち「郵貯民営化」が、今回の「改革」の意義であるとのべているが、これは私が予てより批判の中心課題として強調してきたものである。
さて、「不断の見直し」の内容の概略は、
①最終的民営化が10年後とは「遅い」、「10年も待たずに株を完全に手放すえべき」である。
②貯金銀行、保険の分割をめざすべきである。貯蓄銀行の住宅ローンへの参入などは政府の後ろ盾があれば、事実上民業圧迫になる。
③郵便や郵便局も持ち株会社の100%子会社ではなく、完全民営化すべきである。多くの民間企業にこの分野での参入を可能にすべきである。
④持ち株会社や4分社の経営者は、力のある民間人にして、経営形態を含めた大胆な再改革を政府に提言できるようにすべきである。
と、言ったものである。
17日付けから「郵便局未完の未来図」という連載を開始したが、その内容がふるっている。
まず、大阪中央郵便局の立地条件と敷地(9000平方メートル)に「経済界」の視線が集まり始めていることを「紹介」している。恐らく、大阪だけではなく、東京の中央郵便局(東京駅前)も同様であろう。
次に、郵便局の14%が赤字であることを紹介し、都心の郵便局の密集はムダであることや、過疎地の7000の郵便局がやり玉にあがる。
そして、赤字局の「赤字」穴埋めに2兆円の基金が創設されたことを批判し(これは、衆議院における「修正」で1兆円から2兆円に積み増しされたものだが)、「国鉄民営化は全国網の丼勘定から赤字路線を切り離し、自治体負担による存続の是非を地元に問いかけた。(北海道の)ちほく沿線の自治体はまず負担を選び、やがて努力に終止符を打つことを決断した」と述べている。
これこそ、日経の主張する「自立した自治体」であり、負担の選択から、事業の放棄に至る地域「切り捨て」の論理である。
●郵政民営化については、小泉首相の強硬路線とは裏腹に、「妥協」の産物としての側面も有しており、今後の「再改革」を求める「経済界」の動きを注視していく必要がある。そういった意味で、日経の論調を紹介した次第である。
さて、小泉構造改革は拍車がかかり、経済財政諮問会議や規制改革民間開放推進会議などの動向が注目される。
今後の重要改題は、
①公務員給与削減を含めた「公務員制度改革」
②市場化テストの早期実施
③医療・年金など社会保障の削減
④三位一体改革の実現
と言ったものであるが、これらの課題を郵政民営化の「勢い」に乗じて、一気に行う姿勢を示し、財界の期待も大きい。もとより、今回の小泉自民党の「圧勝」は、財界が自民党と民主党に「等距離」を置く姿勢を全く示さず、自民党勝利に向けて、最大限の支援を行ったことと無関係ではない。
また、上記課題の他に、郵政民営化の「延長線上」の課題として、政府系金融機関の「一元化」・民営化なども重要である。
●さて、暴走の気配を強くする小泉構造改革ではあるが、何回も強調してきたように決して民意を反映したものではない。それどころか、総選挙における圧勝も小選挙区制や政党助成金などの「制度」に支えられた「つくられた」圧勝である。50%を超えるか超えないかのレベルである。それも、構造改革の「全体」や憲法「改正」や消費税増税問題を避けての結果である。
しかし、重要なことは、こういった「欺瞞的」手法で圧勝したことの「批判」にとどまれば、構造改革の本質を見失うことにつながりかねない点である。
つまり、構造改革とは「国民を騙し」「重要な論点を避けて」いるという認識は危険でもある。構造改革によって、「シッカリと」「確かに」利益を享受している階層や組織があることを正確に認識することが重要であろう。
東京都知事選挙で石原慎太郎が300万票を超える「支持」を獲得したが、この見方も同様である。単に、世論操作であるとか、劇場型の選挙、政策的欺瞞をいうだけでは説明できない。
首都東京に置いては、全国レベルに比して、相当に大きな「新自由主義政策で現実的利益を受ける層」が存在することを正確に見ることが重要である。所得の階層分化が言われるようになって、かなりの時間が経過しているが、現実問題として、100万票から150万票程度の「堅い政策」支持層が形成されつつあると見て良いだろう。その「上」での政党支持なし層や、無党派層と言われる部分の「吸収」が論じられる必要がある。
●憂鬱な話しではあるが、若年層の所得の階層分化もかなり顕著になってきている。これは、ワーキングプアの問題が論じられる「対極」にある。つまり、若年者「全体」が、プアになっているわけではなく、「六本木ヒルズ族」に象徴されるように、構造改革の「泡」を身にまとったヤングリッチの存在にも目を向けるべきなのである。
こういった実態については、『ポリティーク』(旬報社)10号を参照して欲しいが、ここでは詳しくふれない。
ここで、強調したいことは、国民が何故「自虐的」ともいえる(自分が損をする「改革」)、「構造改革」に期待をするのかという問題である。
構造改革によって「利益を受ける」層を明確にすることによって、「被害者同盟」の形成を経済的側面、政治的側面からあぶり出す必要がある。
弱者の声は、強者によってかき消されるものである。
労働組合や市民組織、そして政党の役割もこういう面で非常に大きいものがある。
●今後、構造改革が「進展」して行く中で、農協や医師会を始め、公務員労組などが抵抗勢力、守旧派として攻撃の矢面に立つことを強いられるであろう。その際、誰と共同して運動を進めるのか。構造改革によって「利益」を受けるものを国民の目にさらし、その不当な「官民癒着」に光を当てる必要がある。

