2006年01月06日(金)

志木市の迷走ー住民「協働」からどこへ?

●志木市の前穂坂市長が退任し(公約通り1期4年でやめたことは「高く」評価したい)、昨年、市長選挙が行われたが、その後の志木市は些か「迷走」ぎみである。

 私は、以前『自治と分権』誌に「志木市の『住民協働』を考える」という論文を書いたが、その時以来、志木市の動向には目配りをしてきた。

 【参考】(当HPの「自治論説」に掲載
 

 元々、志木市の穂坂前市長は、教育塾などの経営を行ってきたこともあって、当選以来、教育問題で様々な行政を展開してきたことが「全国的に有名」になる契機であった。
 当選から間もない、2001年8月には、「25人程度学級」を2002年度から実現したいという方向を打ち出した(教員はボランティア的な採用による)。埼玉県への要望は以下の通りである【当時】。

*****************************************************
現在、児童・生徒を取り巻く環境は厳しく、不登校、いじめ、学級崩壊などに対する抜本的な対策を講ずる必要性が強く求められております。 つきましては、標記の件について下記のとおり実施・導入ができますよう、特段のご高配を賜りますようお願い申し上げます。

1)小学校1年生、2年生における学級編制基準を現在の1学級40人から、1学級25人程度(20人~29人)に引き下げていただきたい
2)このために、増員される教員の給与費等については、希望する市町村が2分の1を、県が2分の1を負担することとする財政措置を講じていただきたい3)仮に1、2が困難な場合でも、志木市において実施できるよう何らかの措置を願いたい
*****************************************************
 「地方分権改革」によって、教育の分権が一定行われた結果を活用しようというものであった。この面では、穂坂市長への評価はかなり高いものになったと言えるし、また、事実、この取組は全国的にみても、素早く、適切なものであった。この後の教育問題への取組は、上記の拙論をお読みいただくとして、話を先に進めたい。

●志木市を更に「有名」にしたのは、この教育問題を別にすると住民「協働」の名によって行われた「行政パートナー」の導入や、予算や行政改革に関する「市民委員会」の設置などの「市民参加」問題であろう。
 行政パートナーについも、詳しくは拙論をお読み頂きたいが、簡単にいうと、埼玉県の「最低賃金」をかろうじてクリアーする程度の「給与」(有償ボランティアであり、労働者ではない、ということになる)で、住民から「行政パートナー」を募集し、市庁舎の受付、公民館・郷土館、図書館などの受付(一定の管理)などを委ねるというものであった。

 これが、本来の「住民参加」であるのか、行政経費を節減するだけのリストラであるのか、議論は様々に行われ、「志木市は小泉構造改革を先取りする先進的NPM実践の自治体か」というような「評価」を巡って、議論は沸騰したのであった。

 行政パートナー自体も、上記の程度であれば、自ずと落ち着くところに落ち着くであろうと思われたが、「志木市自立計画」という長期計画が策定され、600人程度の職員が、平成33年度(平成15年度からの計画であるから18年かけて)には、正規職員301名、行政パートナー523人となる「驚愕」すべき計画が発表されたのであった(最終的には40人程度に職員を削減)。
 そのために、全庁で業務の仕分けが行われ、行政パートナーに委ねるものと職員が行う事務に分類され、長期的に少しずつ行政パートナーを拡大して行くというものであった(この辺はかなり「怪しい」議論になっていた)。

 議会でも様々な議論が行われたが、市長は「財政的に今後の自治体を考えると、他にどんな方法があるのか、教えて欲しい」という姿勢で臨んだ。議員もオルタナティブを提起しろといわれても、あまりの話しに狐に鼻をつままれたようになったのであった(合掌。

●私は、何回か志木市の担当課をはじめ、出先の職場や職員の方にもお話を伺ったのであるが、職員は必ずしもこの行政パートナーに好意を示して居なかった。それは、単に自分たちの職場が「浸食」されるということだけではなく、行政の責任が、果たしてボランティアにつとまるのかどうか(しかも、体の良い低賃金労働者ではないかー高齢者中心の)という、具体の業務を通じての疑問であった。

 志木市の行政全体の評価は、かなり難しいものがあった。先に紹介したように、「先進的NPM」という評価がある反面、教育問題を除いても、住民参加の予算編成への姿勢や、市民委員会の活動などに対しては、かなり高い評価があったことは事実である。
 私自身は、行政パートナーというのは、いかにも「無理」な計画であり、次第に行政の中心部にパートナーが進出して行った際に(出勤管理など、一定の人事行政にすら進出予定であった)、行政の破綻をもたらさない保障がないし、行政パートナーを人材的に確保するのも困難になるという評価であった。しかし、予算問題での市民参加などは―もちろん、「特定の市民」が参加するわけで、行政が本来耳を傾ける必要がある市民全体のニーズが正確に反映される保障はない(これは、どの自治体でもそうであり、当初は有る程度やむを得ない面もある)―運営の仕方によっては、それなりに面白い取組であると思っていた。この市民参加問題をNPMと「等値」することには、やはり無理があると考えていた。

 また、志木市には市民病院があるが、これを「民営化」するというような、ありがちな議論はなく、将来とも維持する方向であるとか、保育園などの運営も同様であった。つまり、単純な民営化とかリストラとは異なる側面を有することを「総合的」に理解しないと、志木市の評価はできないという判断であった。

●市長にお話を伺った際も(何回かヒアリングなどを実施)、「高浜市とは違う」、「他にやりようがあるのか」という主張を行っていたのが印象的であった。もっとも、その高浜市の総合サービス【株】(市の全額株式保有会社)に調査に伺った際、担当の課長は「臨時職員や非常勤など脱法的な雇用によって、不安定な職員をつくり、不安定なサービスを供給するより、株式会社にして、賃金は多少低くても、安定した雇用の正規職員によるサービス提供の方が、優れている」と主張していた。帰り際に「実は、明日、志木市の職員が調査に来るんですよ」と悪戯っぽく笑っていたのが記憶に残っている(笑い。
 
 さて、話を進めるが、志木市の行政の特徴は、財政的に見ると不交付団体に近い水準であり、志木市財政が破綻する時には、日本の殆どの自治体が破綻をするというような話しになる。
 従って、「自立計画」というのも、現在、地方の「非合併町村」が合併しないことをもって「自立」と言っているのとは、意味が異なる(もっとも、志木市も近隣の自治体と合併を目指したが、関連自治体の住民投票などもあり、早々と合併を断念した経緯もある)。だから、志木市の「自立」方針は、ある意味で、「予防的対応」という意味を持っていた。

●穂坂市長の年来の主張は、「教育委員会無用論」や、シティーマネージャー制度導入などで、「特区」の申請もおこなっていた。また、議会を「敵に回す」点では、人後に落ちない姿勢であった(笑い。
 だから、予算の1%を市民に決定させる(笹川財団が広めようとしている予算の市民参加・市民投票などー千葉県市川市で、これに近いものを条例化している)条例案などは、見事に「全会一致」で否決されている。
 議会が「寝ている」という見方は、穂坂市長に限らず、多くの住民がそう思っている(だから、議会の給与お手盛りや、合併による大規模議会への住民の反発は大きいし、定数を削減しろという合唱になってくる)。しかし、日本の地方自治の「制度」を考えると、この議会を無視して、市民の力を背景にして、「強権」市政を展開することにも無理がある。

 と、いうわけで、私は行政パートナー自体にも疑問をもっていたのであるが、同時に、1期しかやらないと明言している市長が、数十年先の職員数などを盛り込んだ計画を出すこと「自体」が大きな矛盾・越権行為であると述べてきた。
 しかし、議会からの反発が大きくなったこともあるのだろうが、「見事に」公約どおり、1期でおやめになったので、正直呆気にとられた。

●そこで、必然的に「見直し」せざるを得ないような、志木市の「自立計画」が、新市長の下でどうなるかということに大いなる興味を持っていたのである。
 昨年の10月末に、「志木市行政施策安定化プロジェクト・チーム」による「最終報告」がだされ、それまでの「自立計画」をはじめとした志木市の計画が「点検」された。新市長による実質的な「見直し」であった。
 これは、職員が中心になってまとめたものであるが、「当然」のことながら、どのような「揺り戻し」あるのか注目された。

【プロジェクト・チームのサイト】 


 内容を見ると、25人程度学級などは流石に「定着」しているとして、継続が謳われているが、行政パートナー、市民委員会・市民による予算編成などは「改善」や「見直し」になっている。また、中学校自由化の2段階導入や教育シンクタンクの設置なども「見直し」になっている。要するに、穂坂流の行政スタンスへのリアクションである。

 では、これらの動きは、新市長による「NPM否定」の行政姿勢なのかといえば、恐らくそうではない。むしろ、行政の民営化のオーソドックスなものが今後は出てくるのではないだろうか。事実、「市民病院ルネッサンスプロジェクト」が発足して、病院経営の「改善」が謳われている。「中間報告」がこの3月にも出る予定になっている。さて、病院経営の「改善」とはどういう内容になるのか、注目される。

 志木市は、引き続き、「市場化テスト推進協議会」の中心メンバーであり、この分野における具体の政策や、病院のほか、保育園の経営なども「改善」が打ち出されるのかどうかについても、目が離せない状況である。

●このように「事後的」に志木市の行政を点検していくと、遡ってその本質が明らかになる側面があるが、かなり「特殊」な行政スタンスであったことが理解できるだろう。NPMなどの手法を組み込んでいたことは事実であるが、それだけもない。NPMというのは多義的な概念であるので、現実の自治体や行政をこのタームで一刀両断することには、やはり無理がつきまとう。
 新自由主義的な地方分権や行政経営について、事実を基にした分析が要求される。これは、非合併の「自立自治体」について検討する際も同様である。
 1月15日の「小さくても輝く自治体フォーラム」で、どのような方向性が提示されるかも注目をして行きたい。