2006年01月31日(火)
耐震偽装事件の深層③行政民間化と自治体の責任
●耐震偽装事件がらみの建築主であるヒューザーが18自治体に139億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。
【記事―毎日新聞1/30】
「耐震データ偽造事件に絡み、建築主のヒューザー(東京都大田区)が30日、建築確認の際に姉歯秀次元1級建築士の偽造を見逃したのは自治体の責任として、東京都、横浜市など18自治体に総額約139億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。一方、提訴には約2000万円の印紙代がかかった。被害住民からは「そんなに金があるなら住民に配分すべきだ」と怒りの声が上がり、提訴された自治体も「言語道断。本末転倒だ」とあきれていた。・・・」
テレビのニュースを見ていたら、大田区のマンション住人が「ヒューザーに自治体を訴える資格なんかあるのか?そんな金があったらもっと誠実に対応して欲しい」と述べていた。これ自体は、もっともな話しなのであるが、この間の事態の推移をみると、訴えることは可能であるし、どういう判決がでるのか、ちょっと見極めたい気持ちも強くなるのである。
●メルマガでも紹介をしたが、昨年6月24日の最高裁(第2小法廷)の判決では、「指定確認検査機関の行った建築確認の過誤については、当該建築物について確認権限を有する建築主事の帰属する地方公共団体が、行政事件訴訟法21条1項所定の『当該処分又は採決に係る事務の帰属する国又は公共団体』に当たるから、同条に基づき、指定確認検査機関を被告とする取消訴訟から、当該地方公共団体を被告とする国家賠償請求訴訟への被告の変更をは認められる」(要旨)としている。
詳しい内容は、判決本文を読んで欲しいが、住民がマンション建設に反対し、その建築確認を行った指定確認検査機関(株式会社)を被告として、処分の取消訴訟を提起(横浜地裁)したが、繋属中にマンションが完成してしまい、訴えの利益がなくなってしまった。そこで、原告は当初の取消訴訟から横浜市に対する国家賠償を求める訴えへの変更許可の申し立てを行ったのであるが、地裁はこれを許可したのであった。そこで、横浜市は東京高裁に即時抗告をしたが棄却決定を受けたため、最高裁に抗告をしていたものである。
横浜市の抗告は棄却されたわけであるから、民間の指摘確認検査機関の行った建築確認のもたらした「結果」について、この機関を「監督」する自治体に対し国家賠償請求を行うことは「可能」であるという判断である。
その根拠について、最高裁は「指定確認検査機関による確認に関する事務は、建築主事による確認に関する事務の場合と同様に、地方公共団体の事務であり、その事務の帰属する行政主体は、当該確認に係る建築物について確認をする権限を有する建築主事が置かれた地方公共団体であると解するのが相当である」と述べていた。
●これで、横浜市は青くなった。指定確認検査機関の認定は国又は都道府県が行うわけで、確認事務自体は「自治事務」であるとしても、横浜市からみると自分のあずかり知らない「検査機関」の行った建築確認の「尻尾」をもってこられたのではたまらない、というわけである。
もっとも、自治体には民間検査機関が行った建築確認に疑問や問題があれば、資料請求をできるし、最終的にはその取消も可能な制度にはなっている。しかし、これは報道などでも実態として広く紹介されていたが、そんなことをやるのであれば、元々、建築確認事務を民間に投げるメリットもなくなるし、日常的にやっていられないわけである。
民間指定機関からの建築確認に関する報告は、ごく簡単なものであり、それ自体から「偽装」を見破ることは殆ど困難であると言われている。
民間が公務員の建築主事と並んで、市場で顧客をとり、手数料も自由に設定できる状況の下で、その過誤全体の責任が自治体にあり、損害賠償責任を負うというのでは、「やってられない」というわけである。
これはもっともな話であろう。ただ、自治体が行っている建築確認でも「偽装」を見破れなかった例がかなりあり、「官民」とも、その能力が疑われる事態となっていることは重要である。民間機関の監督責任との関係で過誤における責任の「度合い」のようなものがあるとすれば、自治体が損害賠償請求を行われた場合、裁判で負ける可能性は少なくないということになる。
こうなると、マンションの建て替えの費用などを考えた場合(日本には、懲罰的損害賠償というのはないので、金額は控えめになろうが)、かなりの額のダメージになる。小さな自治体でも「大きなマンション」などは可能なので、これを支払うことができるかどうか、なども大きな政治問題に発展しかねない。
●そこで、この行政の民間化(私人による行政)というものを考えてみると、指定検査機関はこれまでの「指定機関」とはかなり異なる。
第一に、独占的に行政から委任されて登録事務などを行うのではなく、行政と「競争」して、市場でお客を争う形態になっていることがある。
第二に、手数料も自由に設定できるわけで、実態的には、手数料と「確認事務」の日数のバランスによって、顧客獲得の実績が決まる。「早く、安く」が一番の顧客獲得への道である。
つまり、完全な「パブリック・ビジネス」になっているのである。現時点で、まだ行政における建築主事はかなり残っており、また「監督」業務があるので、今後も一定数は確保されなければならない。しかし、大阪や京都など関西地方においては、民間が90%を超える地方もある。
ここで問題になるのは、行政が完全に手を引いた場合、行政が現時点で設定している手数料の「タガ」がはずれ、完全な市場競争になるということである。民間による「独占」は、手数料引き上げの契機になっていくことは必然であろう。アメリカのように建築費の1%基準ということになると、3億円のマンションで300万の手数料となる。現在の10倍以上であろう。
●一般的に、行政が権限を民間に委任した場合、この指定機関の行う業務自体、行政作用であるから、この機関が違法なことをした場合でも、行政による救済が行われるのは不思議な話ではないだろう。この辺りの議論は、複雑で、ちょっと私の手には余るのであるが、「権限の委任」というレベルにおける行政の「責任」の在り方という問題設定になろう。
しかし、建築確認については、上記のように完全にビジネスであり、また、権限の委任というより、「耐震偽装事件の深層①」で述べたように、「指定機関」といっても、これまでのように事務自体が自治体の事務のままであるというのではなく、事務・業務が民間に移っていると見る方をすることも可能である。こうなると、その業務に過誤が認められた場合、第一義的に損害賠償などは、その建築確認を行った指定確認機関が対象となるべきという議論になる。つまり、公権力の私人による行使をどうみるのか、という議論に帰結する。また、事務そのものが、行政に残っていると見れば、最高裁のような見方に帰結するわけである。この場合、先に見たように、自治体が最終的に果たすべき責任は、場合によっては財政能力を上回る危険性すらある。そのリスクを考えた場合、民間に確認事務を行わせるメリットがどの程度あるのか(行政に能力がないからやむをえないと見るのか)疑問の湧くところであろう。
1998年の建築基準法「改正」時に、建築確認事務の民間への開放については反対の議論があったことは覚えているが、この「私人による公権力の行使」や損害賠償などの問題が大きな議論になっていた記憶はない。阪神大地震を踏まえて、素早い建築確認や、日本の建築物の脆弱性をどう改善するのか、といった問題が議論の中心になっていたように思う。ここに、大きな陥穽があったことが判明したわけである。
●さて、現時点で、耐震偽装問題の教訓をどのように政策的に発展させるのかという問題である。
建築士の資格の見直しであるとか(どうやら日本は世界で一番建築士の多い国らしい。建築士と構造計算などの役割分担が国際的「基準」らしい)、市場を監督する機能を強化するなどの方向が出ているように思う。
しかし、これにはちょっとした「落とし穴」がありそうである。それは、建築基準法の改正自体が、アメリカの要求によるものであり、建設市場の開放、多国籍資本の参入の条件整備などを考慮したものとなっている点をどう評価するのか、という問題である。
イラク戦争からの「復興」過程では、大半の公共事業をアメリカの資本が独占している。というか、悪名高き「指名入札制度」をご存分に活用されているようである。
現在、アメリカでは住宅バブルが破裂しそうだという認識が強まっている。ニューヨークなどでは、住宅取得費が2倍になり、ローンを組んでも年収が1500万円以上ないと、一生住宅をもてない水準になっているそうだ。所得格差の拡大と住宅バブルである。これが破裂すると日本では、もうおなじみのローン地獄となる。ローン返済額は変わらず、減収となって負担が倍増してくる。
ついでに述べておくと、アメリカの長期国債の金利が短期国債の金利より、昨年の12月以来低下をしている。これが「恐慌」の前触れであるという議論があり、こういうことをいうマスコミや評論家が増えている。併せて日本の2007年問題ではないが、30年ものの国債の償還期限がくる2010年をどう乗り切るかという問題もある。これは、日本が大量に買ったものであり、日本が借り換え債を同じように購入できるのか、という問題でもある。
●話しが逸れたが、今後もアメリカの言うなりになっていると、「大変なことになる」という話しであった。関西国際空港にアメリカ資本を参入させろというのは、日米構造協議以来の要求である。実現するまで、粘着するのがアメリカ流らしいので、手始めに制度改正された「建築確認事務」や「構造設計」辺りから、参入を強めてくるかもしれない。現時点でもアメリカやフランス資本系の民間指定機関もあるそうなので、これは、注目をして行く必要がありそうだ。
しかし、やはり本命は、建設市場であろう。中国へのアメリカ資本の進出状況(建設市場)などを見るとかなり重視している様子が見られるが、やはり日本の市場の大きさは魅力になると思われる。談合摘発などに喝采していると、知らぬ間に、ゼネコンがアメリカ資本になっているというような話しもあながち非現実的なものとは言えない。
ホリエモンや耐震偽装の話しは、こういった視点も「そこそこ」必要である。BSEの話しは、ちょっとスジが違いそうであるが、纏綿した国際情勢や日本の国内の力関係について、快刀乱麻で解明できる視点の確立が求められているようだ。

