2006年03月03日(金)
「構想日本」の岡山市「事業仕分け」の試行を考える
●この備忘録でも、何回か書いてきた「構想日本」が岡山市で2月18日に「事業仕分け」を行った。結果は、何と「全ての事業を市で行う」という状況に。一体なにが起きたのか?
自治労連が発行する「自治体『構造改革』闘争ニュース」というものがあるのだが、この10号(2月23日発行)に、岡山市の事業仕分けの「一端」が報告されている。岡山市職労の書記長からの「通信」によるものだと聞いている。以下、引用をするので、一瞥してほしい。
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●岡山市で“市民による「事業仕分け」”
―「構想日本」の手法では公正な「仕分け」はできないことが明らかに
岡山市で2月18日、「事業仕分け」の試行が行われました。
「事業仕分け」は、“非営利のシンクタンク”「構想日本」が主催・提唱する「自治体リストラ」手法で、行政が行なう事業について1事業30分程度の「評価者」と担当者(課)とのやりとりで、事業の要不要やその事業の実施主体(民間、国、都道府県、市町村)などを“仕分ける”というものです。これまでに行われてきた自治体では、当該事業に関連する住民の声や意向に関係なく、「構想日本」の職員とその“愉快な仲間たち”である他の自治体の行革担当職員などが外部「評価者」として、当該自治体の事業を切っていく問題の多い“イベント”だという指摘があります(自治体問題研究所発行の「住民と自治」2月号に「事業仕分け」に関する詳しい記事が掲載されています)。
岡山市では、外部「評価者」ではなく、公募による市民が事業の「評価」を行うとされ、「手法が進化」(「構想日本」のHPより)しています。具体的には、市当局が市内の12団体から各1名の「評価者」推薦を依頼し、これに市当局が公募した市民40名を加えた計52名が「評価者」とされました。なお、団体推薦によって全労連系の地域センター・県労おかやまの事務局長が「評価者」として加わっています。また市当局は、「仕分け」の内容について、国が策定・実施を指導する「新行財政改革大綱」に反映させるとしています。
当日は、市議会議員や県外の自治体の行革・企画担当者などを含む104人が傍聴に入り、4時間半の時間を掛けて5事業について「仕分け」を行いました。「構想日本」の職員が議事進行に当たり、他自治体で実施された「事業仕分け」で外部「評価者」を務めた自治体職員3名が「質問者」として、主に“行革”の立場で様々な質問を行ってから、「評価者」による質疑に移り、最後に「評価」を行うというのが1クールです。
★すべての事業を「市が行うべき」という「仕分け結果」に
市民「評価者」からは活発な質問や意見表明がなされ、「もっと予算を増やして拡大するべき」という意見が数多く出された事業もあり、“想定外”の事態に、「構想日本」の加藤代表が各議論の合間でもどかしさを露骨に示した発言を行って、会場からの顰蹙を買う場面もありました。
すべての事業について「市が行うべき」という「仕分け結果」となり、市長と「構想日本」の思惑を押し返すと同時に、「構想日本」が提唱する手法では公正な「仕分け」などできないことが改めて明らかになりました。「市が独自に直営で予算・事業を拡大すべき」と「評価」してもチェックシート上にも運営上の配慮にもその対応が全く見受けられないこと、行政側が一方的に提示する個々の事業を市民が「評価」するだけであり、本当に無駄な事業がかえって隠蔽されるおそれが強いこと、政策と政策効果という自治体行政が最も大切にしなければならない視点をわざわざ切り離して、短時間のコスト論のみの議論で“結論”を出そうとすること…など枚挙の暇もないほどです。
岡山市での「事業仕分け」は、来年度が本格実施とされています。市民との共同を広げながら、露骨な市長の「自治体構造改革」路線への対抗軸を示すことが求められていると言えます。
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●これまで、構想日本の「事業仕分け」は、外部評価者を中心にして、乱暴に「要」「不要」「民間へ」「廃止」などと、短時間で各行政分野の仕事を仕分けしていく方式をとっていたが、今回は市民参加という手法を実験したらしい。
構想日本の「事業仕分け」は、外部評価者が行う場合でも、マッキンゼーなどが「密室」で行う「経営評価」などとは異なり、それなりに、「客観的な目」で評価が行われる「可能性」もあるし、「事業仕分け」というかどうかは別にして、今日、行財政の点検を様々な手法で行うことは必要である。というようなことを、以前述べておいた。
実は、長野県における仕分けなどについても、栄村や下条村などの、「小さくても輝く自治体」における、創意工夫のある実践活動に対し、評価者が感心してしまって「高く評価する」ことなどがあったので、こういった性格付けをしておいた次第である。「事業仕分け」自体は、極めてラフなものであり、以前紹介した「新潟県津南町」の行財政点検や財政シミュレーションなどと比較すべくもないが、「民主的」に行われれば、それなりの「意義」もある手法であるといえよう。
今回の岡山市の例では、外部評価者ではなく、市民からの「公募」と団体推薦者によって「仕分け」が行われた。岡山市職労は、「63万市民のつどい」を行ったり、『明日の岡山市』という自治研誌を「毎月」発行していることに象徴されるように、市政の研究や住民との接点の多い組織である。
日常的に行財政問題に取り組んでいる組織においては、構想日本の「事業仕分け」などで簡単に事業を「不要」とか「民間へ」とかはならないだろう。そういう意味で、自治体の総合力や労働組合の日常活動なども「試練」にさらされているのである。
●そこで、今日の自治体における行財政の民主的点検活動について、原則論を再度述べておきたい。
行政と住民とはさまざまな「協働」を行う必要があるが、「主人公は住民」という立場が確認されなければならない。住民参加の様々な手法においても、「主権」が「参加」や「参画」に変えられるのではなく(自民党の新憲法草案など)、住民が平和的生存権を保障される主権者であることが「大前提」にすえられる必要がある。
同時に、行政や自治体職員(労働者)の役割にも、固有のものがある。自治体労働者(公務員)は、憲法で規定された「全体の奉仕者」であり、住民全体のために仕事をすることが義務付けられている。当たり前のことのようだが、普通の民間労働者にはこういう性格づけはない。勤労者としての「労働基本権」などの「権利」が保障されているが、職務についての規定はない。職業選択の自由、言い換えて営業自由などは、「公共の福祉」に反しない限りという「しばり」を持っているが、「公共の福祉」のために活動しなければならないわけでもない。
行政民間化の本質を突き詰めていくと、こういった民間労働者と公務員労働者の性格上の差異が「仕事の変化」をもたらすのではないか、という問題に遭遇する。「民でもやれる」とか「民がやれることは官はやらない」というようなスローガンは、上記のような労働者の「性格づけ」については、無言である。そんな、性格づけなど「いまさら」どうでも良い、というなら、それはそれでよいかもしれない。しかし、この問題に「こだわって」みたいのである。
●民間の企業でも、住民に有害な産廃を出したり、製品やサービスそのものが住民(国民)に有害なものは、当然に規制される(それさえ、おざなりな対応が日本には多すぎるのであるが…)。公務員の場合には、これとは状況が異なり、住民のために積極的に仕事をすることになる。
今日の情勢において、行財政の民主的な見直しは、住民生活を守り、自治体としての存在意義を明らかにしていく上で、決定的に重要である。
こういうことが、内部からシッカリと実践されていないと、構想日本の「事業仕分け」のようなものに、対応ができないという「差し迫った」状況もある。反対に、日常活動として自治研や行政チェックがキチンと行われ、住民要求がシッカリと確認されていれば、「事業仕分け」などは嗤うべきお粗末なものと見えるだろう。
●構想日本は、岡山市の住民や労働運動、住民団体を少し「甘く」見ていたのだろう。この「教訓」が今後どのように「事業仕分け」に生かされるのだろうか(笑い。もう、市民『公募』はしないとか、そうなっては、構想日本の「負け」である。
加藤代表は、「事業仕分け」で、職員の意識も革命的に変化すると述べていた。私もその通りだと思う。これは、津南町の行財政点検にも当てはまる。しかし、今回は、構想日本の「意識改革」も突きつけられたようである。

