2006年11月12日(日)
足立区と市場化テスト―考えるべきこと・行うべきこと
●『自治日報』という業界紙の1面に「自治」という、一般新聞の「主張」のような欄がある。これは、自治体の首長や学者などが、入れ替わりその時々の焦点になっている自治関係の問題や、自分の自治体のことを書いているであるが、大変示唆に富む記事が多く、毎回楽しみに読んでいる。日本の自治をめぐる「雰囲気」が伝わってきて、解説記事などとは異なった、独特の雰囲気があるからである。
しかし、最近は和歌山県の木村知事の文章が辞職後に掲載されていたり、今回は足立区の鈴木恒年区長の「市場化テスト」という文章が、足立区の市場化テストの構想が一定の「破綻」を示して以降に掲載されるなど、『自治日報』の編集部には、お気の毒な事態が続いている。
そういう私も、もう少しのところで、『自治と分権』のインタビューに福島県の佐藤栄佐久元知事を登場させるおそれがあった。この辺の事情については、佐藤栄佐久・元福島県知事の逮捕に思う(10月23日付備忘録)に書いた。
つまり、佐藤元知事の姿勢が「反中央」「反原発」「反道州制」「反都道府県解体」であり、中心街活性化についても、福島県は全国に先駆けて、イオンなどのSCの規制を行う「まちづくり条例」を制定するなどの実績を上げていたからである。
もちろん、地元では、土建業者との癒着問題が、かなりの頻度で噂され、昨年の朝日新聞「アエラ」では、今回の逮捕の切っ掛けになった「土地を地価より相当の高額で、関連業者に売却した」という記事が掲載されていた。実は、こういったことを知りつつも、上記のような「業績」や市町村合併に消極的で、むしろ小規模自治体の「自立」を支援するような方向を示していたので、矢祭町で行われた「小さくても元気な自治体フォーラム」の機会にも、インタビューを申し入れたのであった。都合3回ほど、申し入れ、秘書課の方などには気の毒がられたが、結局、実現しなかった。
これもブログに書いたが、『自治と分権』の発行が、自治労連と関連する研究機構であったという事実が先方の「意識」にのぼったのだろうと思う。皮肉交じりに「大変、名誉なお断り」であったと思う。
●さて、話しを足立区長の『自治』の文章に戻そう。鈴木氏は7月31日の埼玉県ふじみ野市におけるプール事故(小学校2年生の女子が排水溝に引き込まれて溺死した事件ー「埼玉県ふじみ野市営プール児童死亡事故を考える」を参照のこと)について述べ、「ふじみ野市の事故は民間委託であったから起こったのではなく、不適切な民間委託であったからこそ起こったのである。今、行わなければならないことは、適切な民間委託の仕組みづくりである」と述べている。
私も、民間委託が全て「不適切」であるというつもりもないし、直営であっても「不適切」な運営を行っているケースがあることも否定しない。しかし、「適切な民間委託の仕組みづくり」が現在の自治体運営の焦点であるという主張は首肯しがたい。
●鈴木氏は「足立区で早くから学校給食の民間委託や住区センターの住民自主管理、保育園の民営化などを進め、ピークから比べると、2千人を超える正規職員の削減を進めてきた。もちろん、三カ所のプールにも指定管理者制度を導入している。これは民間でできることは民間にまかせ、そこで生じた財源や人材を、福祉やまちづくりに投入していくという方針に基づいている」と述べている。
住民が納得して、上記のような行政民営化が進行しているなら、それはそれで「結構」な話しではあるが、「民間でできることは民間に任せ」というような、規制緩和民間開放推進会議のような発想に基づいていることは、非常に危惧を感ずるところである。
民間でできること、と言う内容は一体何を意味するのか。色々と考えられるが、技術的に民間の企業が行うことが可能な事業とも取れるし、何か事故があった場合でも、民間の企業が責任を取れるというようにも理解できる。
確かに、民間大企業をはじめとする企業は、発達した資本主義国日本としては、様々な公務員や行政にはないノウハウを持っていることは事実であろう。そういう意味で、民間の活力や市場を活用することは、行政にとっても避けられないし、また、積極的に活用すべき部分があることも事実であろう。
●しかし、耐震偽装問題などを通じて、業務を民間に開放するだけでは、行政の責任を果たすことができないことも証明されている。鈴木氏は注意深く「今後予定する事務部門の民間委託においては、個人情報の保護が論点になってくることは不可避である」と、区民事務所の業務の市場化テストによる民間委託を念頭において、述べている。
果たして、この程度で、民間でできることは民間にまかせる、となるのであろうか。少なくとも、耐震偽装問題では、横浜市=自治体が、偽装マンションに対する損害賠償請求の「対象」として地裁に認知をされた。つまり、民間が行ったことでも、「自治事務」であるという性格から、自治体が最終的に責任を果たすべきであるという判断であった。この事例は、自治体が独自に、民間に開放したのではなく、国が法改正(建築基準法改正)を通じて行ったものであり、その「尻」が自治体に及ぶことに、自治体側は衝撃を受けたのであった。
●区民事務所の業務委託については、「市場化テスト狂想曲ー足立区の『破綻』と執念」(トピックス)に多少書いたので、省略するが、鈴木氏は、この市場化テストについて「民間委託の洗練化」と見ているようである。
日本の市場化テストの最大の問題の一つは、「労働ダンピング」であろう。中野麻美『労働ダンピング』(岩波書店)では、公共団体がこの「労働ダンピング」を奨励し、自ら実践していることに日本の病理があることを剔抉している。私とは色々な面で意見の異なる方ではあるが、この指摘については諸手を挙げて賛成したい。
日本の民営化がもたらす最大の問題の一つは、民間企業による労働ダンピングであり、現下最大の問題は非正規労働者の簇生であろう。民間企業における正規、非正規の二極分化も問題であるが、これに自治体をはじめとした「公共団体」が荷担することは、平たくいって、日本の労働者の労働条件を低下させることを促進する意味がある。
イギリスのTUPEと言う制度が、行政の民間化を促進すると言われて批判されたことがあるが、それは「同一(価値)労働、同一賃金」が一応貫徹しており、自分が働いている企業(行政)が他の企業や民間に変わっても、以前と同様の労働条件を確保できるので、そういった企業買収や民間への売り渡しが「スムーズ」に行われるという意味での批判である。
もし、民間の労働者の給与の方が、行政より「安い」ので委託したい、などという議論があれば、恐らく全国的な公務員のストライキに帰結するに違いないのである。
●足立区の「足立区における公共サービス改革の推進に関する条例」には、明確に「質の向上及び経費節減の原則」が述べられている。民間の人件費が、非正規労働者や過酷な抑制によって、低いことが前提になった「経費節減」であると断じてよいだろう。
鈴木氏がのべているような「民間委託の水準を高める真摯な取組」などは、自治体が行うべき業務ではない。行政に比して、明かに民間の水準が高ければ、それを活用すればよいのであり、水準は市場活動によって規定されるべきであろう。流行の言葉でいえば、余計な規制であり干渉であろう。
鈴木氏の発想には、官と民の役割の分担という伝統的な議論すらない。少なくとも、日本の憲法体制の下において、広範に保障されている「社会権」を住民に権利として保障するためには、行政が公的責任を果たす分野についての、真摯な議論が必要であろう。その上で、財政危機による「合理化」などについて、住民と率直に相談をし、行政の優先順位について議論するならば、まだしも我慢ができる。
しかし、鈴木氏が賞賛する市場化テストには、「官民の役割分担」すら否定して、すべてを民間に委ねるという発想が前提にある。だからこそ、何を委託すべきか、民間はなにをやれるか、民間が「第三者機構」に提言することができるシステムになっているのである。
さらにいえば、これは特定の行政分野を意味するものでもない。民間が、もし、省庁(自治体では各部局共通の事務)横断的な事務の民営化を提言すれば、それが次年度の「基本方針」に盛り込まれる可能性があるわけだ。こうなると、これまでの行政組織のあり方そのものが、民間の言うなりになってしまう事態が発生する。住民による行政のコントロールという憲法の保障する公務員制度の根幹が、ここで崩れ去るのである。憲法15条の「全体の奉仕者」という規定は、国民=住民による行政コントロールの基礎的な規定である。これが形骸化することによって、行政の「効率化」が達成されたと「仮定」しても、それは、民主主義的な統制を離れたものであり、国家と公務員は住民から疎外されることによって、その上に立ち、支配を強化するとう逆説が生じるのである。
官僚制は、見事に花咲き、住民は効率のよい行政の下で、受益者負担にあえぎ、その要求は自らの負担に跳ね返ってくる。市場化テストという「美しい」物語は、醜悪な自治体の姿に転化することになる。
●これぞ、小泉構造改革が目指した「地方分権」の姿であり、安倍内閣が目指す「改憲後」の地方自治・自治体の姿であろう。あまりにも単純な「市場万能論」を鈴木氏が展開しているので、思わず、原理的なことを含めて述べたが、もう少し勉強して、真面目にやってもらいたいものである。

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写真は、足立区の市場化テストシンポジウムのさま。職員を集めて、盛り上がっておりましたが、八代氏をはじめ、パネラーの発言は一方的なものであり、市場化テスト云々よりも「職員の意識改革」を強く指向した催しものであると判断をしました。こういうムダな時間と金をかける必要のないシンポであったと断言します。ムダはやめましょう。

