2005年05月25日(水)
財界2団体の公務員制度改革論考
●再浮上する「公務員制度改革論」
経済財政諮問会議において、国家公務員の「総人件費削減問題」が焦点として浮上してきた。また、人事院の給与構造改革案の骨子もマスコミ報道される情況になってきた。
こういった状況のもとで、この間、頓挫をしていた「公務員制度改革」が、新たな角度から再浮上をしてきた。
何よりも注目されるのは、日本経団連「さらなる行政改革の推進にむけてー国家公務員制度改革を中心にー」(4月19日)と経済同友会「開かれた公務員制度の構築を」(5月13日)が相次いで公表されたことである。
内容については、現実と政治を重視する経団連と、論理と理念を重視する同友会の特徴(これは、半分冗談であるが)がそれぞれ現れているものの、共通点も多い。
【日本経団連「さらなる行政改革の推進にむけて」4月19日】
【経済同友会「開かれた公務員制度の構築を」5月13日】
こういうと、そんなことは「財界」の代表が出す「提言」なのだから当然であろうという指摘が出てきそうである。しかし、この間、公務員制度問題が数年に渡って「頓挫」してきたのは、労働運動の「攻勢」によって、余儀なく後退をしたというよりも、内部矛盾と国際世論によるところが大きい(運動の反映があることは、当然であるが、これだけは、到底説明できないー残念な話ではあるが)。ツメの甘さと利害の錯綜は、意外な不団結を支配層内部にもたらしているのである。これは、守旧派と構造改革派の矛盾という「おきまり」の構図だけではない。また、「官僚の妨害」という官僚制主敵論の「おきまり」の議論だけから説明できるものでもない。
●なにが共通をしているのか
そういう意味で、二つの財界団体が共通して主張している部分は、重視をする必要があると思われる。
まず、双方とも、「国家論」の立場から、今日の公務員制度改革が焦眉の課題であることを述べている。経団連の方は、どちからというと橋本行革への「先祖返り」の色彩がつよく、原点に戻って「やりなおし」の感が強い。各省庁ごとの採用ではなく、内閣による「人事の一元的管理ーキャリアの一括採用」などはまさに、橋本行革への先祖返りである。
「公務員制度改革大綱」は、グローバル資本に対応する国家のあり方の指向という「普遍性」を持つと同時に、経産省などの省利省略的なバイアスが加わったものであった。特に「天下り」のご都合主義が、世論によって厳しく批判されたことは記憶に新しい。この点が「総括」されていると思われる。
同友会の提言は、「労働基本権の付与と身分保障の剥奪」を述べている点で、より「純粋」な論理性と理念を示す。とは言っても、これも、今回の公務員制度改革問題の発端になった「野中広務発言」と全く同じ内容である。ある意味で、財界によって繰り返し唱えられてきた「古い歌」でもある。
さて、二つの団体の「味付け」の違いを頭に入れたところで、共通点に話しを戻そう。箇条書き的に言えば、以下の諸点に整理されるだろう。
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①グローバル国家(経団連的に言うと、競争力ある国家づくり)に対応した、行政システムの改革としての公務員制度改革の視点
②政府の総合調整機能強化、内閣機能の一層の強化(経団連は、閣内に抵抗勢力があることなどを排除する閣議の全会一致原則の見直しまで提起している)
③行政のスリム化と人事評価・人材育成の強化
④身分保障の見直し(剥奪)と「官民の相互交流」「雇用流動化」の推進
⑤天下りへの対応を含めたキャリア制度改革(早期退職の廃止や、同友会の方は「政治任用」と組み合わせたキャリアのあり方の変更まで提起)
⑥公務員の「非公務員化」と能力主義・成果主義的人事給与の強化
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細かい問題では、さらに多くの共通点と、相違点もあるが、大括りには以上のような整理が可能だと思われる。
●身分保障剥奪の意味は?
公務員の「身分保障」は、民間の「解雇自由」に対する概念であり、同時に、行政の中立性・継続性・安定性を担保するものである。法的に言うと、「分限」において規定されているように、法に規定する一定の条件を満たさない限り、本人の意思に反して「降任」「免職」されるようなことはない、という話しである。具体的にいうと、国公法78条にはー
1)勤務成績がよくない場合
2)心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又これに耐えられない場合
3)その他その官職に必要な適格性を欠く場合
4)官制もしくは定員の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合
という規定があり、これに該当する場合は、「本人の意思に反した降任及び免職」ができるわけである。国公の場合は、さらに人事院規則11-4(職員の身分保障)において、詳細な規定がある。
こういった降任や免職に関する規定の解釈には、かなり広く「裁量」が認められており、「いざ」となると、分限免職を行える規定である。とは言っても、身分保障規定であることには、間違いなく、民間のように失業を前提にした「雇用保険(旧失業保険)」への加入制度も存在しない。これは「暗黙」の了解事項とも言えるわけだが、公式なものをたどると、昭和44年5月15日「参議院内閣委員会」における「行政機関の職員の定員に関する法律に対する附帯決議」がある。ここでは「公務員の出血整理、本人の意に反する配置転換を行わないこと」とされている。
しかし、よく考えてみると、あえて「附帯決議」を行っていること自体、反対に、「整理解雇」の可能性があることを否定できない「法の限界」を意味するとも言えよう。
要するに、公務員の「身分保障」は曖昧な部分が多く、思われているほど確実なものではないのである。特に、個々の公務員を保護する点では、大きな弱点がある。現に、地方公務員についてみると、実際に「分限解雇」は行われたこともあり、高裁で労働側が敗訴している(北九州市職労分限免職事件、福岡高裁判決)。
さて、本題に戻るが、身分保障の剥奪は、首切りを含め、公務員の雇用流動化を促進し、民間との「イコールフッティング」による、相互交流の活性化を促進すること、また、公務の民間化を促進することが狙いである(もっとも、民間並に労働基本権を付与するとか、政治的自由の保障は「??」がつくが)。
●行政の民間化と市場原理の貫徹
経団連、同友会の提言は、行政の民間化、市場による「統制」(いつまでも談合や不良品隠し、コンプライアンスの欠如が見られるのは、統制の例外なのか、不思議な議論ではあるが)、すなわち事前規制から事後規制の社会に転換することが「前提」にある。
「非公務員化」を強調する経団連の提言では、「具体的には、官の事務・事業の廃止、民営化、民間譲渡、民間委託等を積極的に進めるべきであり、その動きを加速させるため、市場化テストの早期法制化が不可欠である」としている。また、同友会の方は、「地方分権」「市場化テスト」「アウトソーシング」「行政のBPR(Business Process Reengineering)」などをあげている。
両団体にとっての公務員制度改革論とは、いろいろ言っても、結局のところ、この「行政の民間化」と市場原理の貫徹のための制度改革なのである。だから、「つじつまあわせ」に労働基本権問題が出てきたり、天下り批判に対応するキャリア改革が出てきたりというわけで、誠に「ご都合主義」的なものになっているのである。
●制度改革の基本は?
そうは言っても、それなりに「練れた」改革提言ではある。しかし、人事院の扱いについて、マトモに触れていなかったり、労働基本権の問題についても、ILOの指摘について、キチンと議論をしていなかったりと、欠陥商品であることを暴露している。
現在の公務員制度の特徴である「職階制、職務給」制度や、メリットシステム(能力主義、能力実証主義とか資格任用制度などと訳されている)などについて、まともな議論がない。官民の交流を行い(これ自体は、別にわるいことではないが)、官と民の新しい「融合」を形成することが、グローバル化に相応しい行政の姿ということになる。
経済同友会は、政治的任用とキャリアを結合することで、政権交代に対応し、すばやく政治の意思を行政化することを指向している。
官民交流を本格化するためには、オープンシステムとしての公務員制度の構築が不可欠になる。しかし、この発想は、一般公務員においては、「低賃金の共通化」に帰結するであろうが、高級公務員については、民間エリートと同レベルの給与となり、上下の格差は格段に拡大することになろう。
現在では、職務による社会的・横断的な賃金も形成されていないので、官民交流は、かなり恣意的なものとなる危険性が高い。
公務員制度改革を論ずる場合、様々な視点から論ずることは可能であるが、憲法15条の「全体の奉仕者」としての公務員制度、国民が統制できる民主的な制度という視点が欠かせない。こういった問題や、行政として「最後」はなにが残るのか、また、果たして、こういう問題設定が適切ではないのか、というような話しは、機会を改めて行いたい。

