2005年11月17日(木)

最近の公務員(制度)改革論の堕落①

●久しぶりに、公務員制度問題について考えてみたい(資料を参照していないので、「未定稿」としておく)。

 公務員制度改革が「国家のあり方」「政治のあり方」と密接に結びついているということは常識であろうが、それにしても、見事に現在の小泉構造改革のデタラメぶりと照応する「公務員改革」論になっている。理屈を超越した議論にどのように立ち向かえばよいのか、言葉を失うが、やはり「正攻法」で考える必要があろう。

 さて、公務員制度改革は、1993年に自民党の単独政権が崩壊し、細川非自民連立内閣が発足するという「歴史の転換」(二大政党制への歩みの原点)と照応して、第3次行革審答申(10月)において、明確にその「問題意識」がのべられていた。手元に原文がない状態で書いているので、正確ではないが、要するに、「公務員制度改革の条件が成熟した」と述べていた。巷では、政権交代に対する「期待」もマスコミなどを通じて意識的に「高揚」させられていた時期であったので、「政権交代」に適合的な公務員制度の確立(日本の公務員制度は、元来、行政の中立性・継続性・安定性を担保する、メリット・システムなのであるが)を目指している(政治主導型)とみる向きもあった。

●自民党は政権を失った悲哀を総括し、その後政権に復帰した橋本内閣は、構造改革を推進する立場で、6大改革路線(橋本行革)をとった。自民党の政策スタンスとして新自由主義路線に転換した(しようとした)わけであるが、この中で、公務員制度については、細川内閣以降の問題意識(実は、政権交代などではなく、資本のグローバル化に対応できる公務員制度、国内では新自由主義改革ができる公務員制度ということなのであるが)に沿って、「公務員制度調査会」を発足させて議論を積み上げることになった。

 結果から言おう。この公務員制度調査会の最終報告は、現在の公務員制度の根幹である「憲法」の「全体の奉仕者」規定や、人事院制度をはじめとした科学的人事行政、メリットシステムなどの基本について、これが国際的に確立された制度であるという立場から、「今後とも維持発展させるべきである」という「とんでもない」ものになってしまった。
 官僚の「巻き返し」であるとか、批判もあったが、要するに、この「国際的に確立した公務員制度の基本」を覆すだけの「政策的対抗路線」が打ち出せなかったのである。手堅い行政法学者などを委員に入れているので、当然といえば、当然のことであった。

●この間、橋本内閣は「火だるまになっても断固実現する」と大見得を切った6大改革も、97年の消費税率の引き上げと98年の参院選での「大敗北」によって、挫折するに到った。その後の推移は、小渕・森内閣(一応、経済財政諮問会議のような新自由主義改革を進める「形」はつくったが)の公共事業大乱発によって、一気に国・地方の財政赤字を拡大したのであった。世界一の借金王の面目躍如であった。

 このように見てくると、99年の時点で公務員制度調査会が、新自由主義改革の「意に反する」報告を行ったことも、歴史の流れに照応していたことがよく分かるのである。

●2000年の10月に当時自民党幹事長の野中広務氏が「公務員に労働基本権を付与し、身分保障を剥奪する」という趣旨の講演を行った所から、また公務員制度改革問題に「火」がついた格好になった。

 この労働基本権と身分保障というのは、全く異なった概念であるが、その趣旨は「信賞必罰」を公務員に強化するという、民間並の能力主義或いは成果主義的な給与を導入したいということであった(と思う)。論理的には無意味な主張ではあったが、やはりその辺は「鋭い勘」を持った議論ではあった。
 これが年末の「行革大綱」に盛り込まれ、年があけて「大枠」の発表となった。ところが、当初の「労働基本権付与」の方はどこかに行ってしまい、身分保障剥奪の方も立法政策としては、尻つぼみとなった。法案になる前の段階でも、「国際戦略スタッフ」を置くとか、天下りなどは「適当」というレベルのものになっていたので、ハレーションを起こして、この4年間に渡って、法案を国会に提出できない状態に陥ったのであった。

 この原因はいくつかあるが、
①制度設計を、密室で経産省関係の若手官僚に委ねたところから、省益レベルのバイアスもかかっており、他の省庁からも猛反発を受けた。
②全労連や連合が、ILOに提訴して、ILOが2回にわたって、日本政府に厳しい勧告を出したことが効いた。労使の話し合いをせずに、政府が一方的に制度を変更することに対し、「労働基本権の付与」(具体的には政府の意思決定に関わるような公務員を除くものに付与。その範囲は曖昧ではあるが)をすべきとうい意見になっていた。消防職員の団結権についても、日本政府の負けであった。
③なかなか法案を国会に出せない中で、ILOの積極的内容の勧告もあり、国際的に日本が孤立する中で、国内の運動も「それなり」に盛り上がっていった。
 こういった流れを、断ち切るのが、郵政民営化をはじめとした行政民間化の強化路線であった。

●世論は、公務員にも民間と同じような能力主義、業績主義の給与を導入すべきであるという点では、一貫していた。ここが、公務員運動の最大のネックになっている。
 しかし、労働基本権の付与などについては、世論はむしろ公務員の運動を支持しているように見えた。やはり、勝負は、公務員の存在意義、行政と公務員の関係を国民がどのように判断するかにかかっていると思われる。

 さて、小泉自民党が総選挙で「圧勝」して後は、その前後から起きてきた(武部自民党幹事長の発言など)、「労働基本権付与、身分保障剥奪」の合唱が強まってきた。

●その「こころ」は「信賞必罰」ではなく、「公務員の民間化」「行政民間化」に適合的にするための「身分保障剥奪」なのである。だから、労働基本権の付与と一体で主張されても「違和感」がない。要するに、公務員が民間と同じようになることが「よい」というわけである。

 ここでいう「身分保障」とは、本来は、行政の中立性・継続性・安定性を保障することであり、メリットシステム・科学的人事行政ひいては、憲法15条の「全体の奉仕者」性と一体のものである。時の政治家や政党、政権によって、恣意的な人事行政が行われることを「避ける」ことが、本来の目的である。
 また、その含意は、「法律によって」分限や懲戒の条件を規定することであり、その強弱が問題になるわけでもない。つまり、現実的にみると、国公法や地公法の「身分保障」や「分限」の規定は、結構曖昧であり、裁量権を強めると「不良職員の免職」などに結構活用できるレベルのものなのである。

●今日の公務員制度改革の「眼目」が、公務員の民間化、公務の民間化であることは、かなりハッキリとしてきたが、では、これで、国民が嫌う「官僚制」が打破できるかと言えば、決してそうではない。
 どんなに行政の民間化を進めたとしても、福祉をゼロにすることはできないし、医療負担をゼロにすることもできない。「小さな国家」をつくることは、現代行政国家(福祉国家)の下では、まず不可能なのである。そうなると、「小さな政府」の狙い、落としどころは、福祉や社会保障の削減に繋がるような部分の公務員の民間化であり、この両者が一体のものとして追求されることになる。
 国家の政策については、以前の「国際戦略スタッフ」構想がいみじくも明らかにしたように、資本のグローバル化に対応して、これを支援し、調整する能力のある「官僚群」が要求されている。なんのことはない、この方たちは、民間の「六本木ヒルズ族」や旧ヤッピーなどと同じレベルの処遇をされる。もちろん、高級官僚は、民間準拠によって、大企業トップと同じ処遇が期待されるわけである。
 
●公務員に対する国民のコントロールが強化されずに、むしろ、「疎外」されることは、公務員が官僚化を強めることを意味する。より「国民の上に立ち、情報や政策立案を集中」できる制度に傾斜していく。新しい、国家と独占の癒着形態のできあがりというわけである。
 官僚制が溶解し、国民の共同の事務を、国民と共に、そのコントロールの下において果たして行くとき、それは、公務員が公務員でなくなる時であり、国民そのものが公務員になる時である。行政へのコントロールが弱まる時、民主主義が弱体化する時に、こういった官僚制の市民社会への還元は起きないのである。

 小泉政権が目指している、公務員制度改革は、結局のところ、公務員の民間化を促進するだろうが、これは、官民一体の様々な運動の強化の基盤を形成してゆくことになる。同時に、グロテスクなほど、肥大化し、独占と人的にも制度的にも一体化した官僚群が国民の目に明らかになろう。
 経済財政諮問会議を牛耳る、民間「議員」も、利害関係者であり、行政の歪みを極大化している。このダーティな癒着に国民が目を向ける時、状況は潮目を迎えることになる。

 今回は、抽象的なものになったが、次回は、少し具体のプランを検討して、その問題点を摘出することにしよう。