2004年12月31日(金)

公務員制度改革の行方

●公務員制度改革の雲行きが怪しくなってきた。24日に閣議決定された「今後の行政改革の方針(新行革大綱)」では、当初の予定である2006年度からの新制度実施を見送り、能力主義の試行など「現制度でも実施可能」なものを先行して実施する方向を示していた。

 これに対し、自治労連は「『公務員制度改革大綱』が目標とした06年度からの制度実施を見送ったものの、『改めて改革関連法案の提出を検討』するとともに、『現行制度の枠内でも実現可能なものについては早期に実行に移し、改革の着実な前進を図る』として『評価の試行』などに踏み込んだ。このことは、2度にわたるILO勧告を無視し、労働基本権の制約を維持しながら、なし崩し的に制度改悪をすすめるものである。」という声明を出して、「なし崩し的」制度改悪と批判をしている。

 こういった状況を全体としてどうみるべきなのか。この数日間、公務員制度改革の行方について、諸メディアが様々な報道を行っている。確定的な内容ではないが、「郵政の民営化」との関係で民主党との対決法案の提出時期を探るとか、橋本派の低落によって改革そのものに熱意がなくなったというようなものもあった。

 そういう中で、本日(31日)の『日経新聞』に「自民に先送り論ー2006年以降に 衆議選の争点化」という記事が掲載された。この内容は、日本の現在の状況下において、公務員制度改革がどのような「位置」にあるのかについて、ある意味で鮮明にするものであった。

 すなわち、「この際、次の選挙まで視野に入れてやり直すのが得策」「民主党も連合と足並みを揃えて制度改革には慎重なため、民主党・官公労組を『抵抗勢力』と位置づけるのが自民党の狙い」というような指摘である。そして、時期総選挙については①06年秋②07年の参院選との同日選③07年秋の任期満了時、というパターンを示している。
 要するに、民主党や官公労組を「まるごと」官業の構造改革に反対する「守旧派」「抵抗勢力」と描いて、意識的に選挙の争点に「公務員制度改革」をすえようということである。


●こういった認識フレームは、これまでなかったことである。前回の総選挙では与野党とも、公務員制度改革などを正面から争点にする事はなかったし、構造改革の中心課題としての打ち出しは弱かった。

 現在の「官から民へ」「国から地方へ」という構造改革の流れの中で、憲法に規定された公務員制度の意義について、国民的にまともな議論を展開することは、正直いって、かなり困難だろう。運動論としては、色々な考え方があろうが、第一は、「構造改革」=行政の民営化・市場化へのラディカルな批判をおこなっていくことだろう。これは、行政・公務の公共性を守る課題であると言ってもよい。第二は、こういった「正攻法」と同時に、「なぜ、これほどまでに公務員制度改革問題が揺れ、ゴタゴタしたのか」について、もう一回振り返ってみることである。つまり、どういう矛盾が支配層内部にあるのか、という問題認識である。

 マスコミの議論は、公務員制度改革について、これまで三つあった。第一は、天下りなどの規制がむしろ弱まって「お手盛り」になっていることへの批判、第二は、能力主義や成果主義という民間の「常識」が公務の「非常識」になっていることへの批判であった。つまり、民間と同じように早く能力主義を強化せよ、というものである。第三は、労働基本権など「公務員制度」の根幹問題について、真面目に議論をせよ、というものであり、ILOからの勧告などにキチンと対応せよ、というものであった。

 この間の、政府の動揺によって、第一の課題は多少「厳しめ」に転換をし、第二の課題は「追い風」にのって制度改革以前にもできる範囲で実施して行こうというものであった。しかし、第三の「労働基本権」については、かつての「日経連」や野中氏のように「付与して」スジを通し、力で押さえるというような認識は存在しないようである。労働基本権についても公務員が現実の運動としてその権利を行使する場合の、様々な条件(具体的な制限)について、正面から議論をすべきなのである。しかし、この「腰の引け方」は半端ではない。お隣の韓国における議論や運動の方が遙かに話題に富んでいる。どのような視点で、韓国の労使関係を観察しているのか、一回、聞いて見たいものである。


●今回の公務員制度改革の眼目は、資本のグローバル化に対応して、公務員制度を再編することであり、行政の民営化に対応した組織や制度を確立することであろう。従って、行政の民営化の進行に先駆けてこれを行うことは、かなりの無理があるのだが、「構造改革」が破壊したいのは、現行「公務員制度」のどの部分なのか?

 それは、国民が公務員を強くコントロールすることが可能となる規定、すなわち、憲法15条の「全体の奉仕者」・選定罷免権であり、73条の勤務条件法定主義であり、99条の憲法遵守義務などであろう。憲法上の問題とは、必ずしも言えないが、「メリットシステム」やこれと結びついた「職階制」「職務給」制度を能力主義・実績主義給与に転換することも、その一つであろう。但し、この問題はテクニカルな面が先行し、その理念や「給与原則」といった明確な制度論が欠落している点に特徴がある。

 行政の民営化は、その権限が行政(官)から民間に移るだけのことではない。既に、戦争や監獄さえ民間化が進み、官と民の新たな癒着と広大な「ブラックボックス」が出現をしてきた。国民を何ら代表しない「規制緩和・民間解放推進会議」の議論が大手を振って進行している状況は、一体何なのか。不思議な光景が不思議でなくなっているわけである。

 こういったことをラディカルに問う必要があろう。「構造改革」の具体の内容に対する取組・運動が一番重要なのである。この点を肝に銘じたい。