2005年06月13日(月)
田中成之『<改革>の技術ー片山善博の挑戦』
●これまで、商売柄、読みたくもない自治体関係者の本をかなり読んできたが、この毎日新聞記者による著作は、発行された昨年11月に購入していたが、早く読んでおけば良かったと後悔した。
大体、知事など「功成り名を遂げた」人間の書いた「回顧録」や「自伝」などは、「よくもまあ厚かましく」と顔も赤らむようなものが多い。
つい最近も、ある「内務官僚あがり」の知事経験者の『わたしの20世紀』(大体、ネーミングからして厚かましい)という著作を読んで、その感を強くしたばかりだった。どのくらい「エライ」人か知らないが、全編「自慢話」だと言っても過言ではない。多少とも「資料的価値」がある「恐れ」もあるので、我慢して最後まで読んだが、時間を返せと言いたい気分になった。読了後、速攻で捨てた(段ボール箱詰め)。
●このブログをお読みになる方は、『自治と分権』で毎回、首長インタビューを行っていることを、ご存じの方が多いと思うが、首長インタビューの前後には、かなり、ご本人やその自治体のことを調査するのが慣わしになっている。
著作があれば、必ず「全部」読むし、自治体のHPなども(全部読むのは大変だが)必要なことは全て目を通すようにしている。
新聞記事なども当然に収集する。世間で話題になっていないことでも、そのインタビューを成功させるためには、必要なことも多い。というか、世間で報道されたものと同じ内容では、インタビューの意味がないと言ってもよい。
●この『<改革>の技術』という本を、読んだのは必然だったわけではなく、いわゆる「改革派」という首長の「本質」を検討しようという一環として、既に購入しておいたものに目を通したわけだが、「予想以上」に面白かったということである。書いたのが、本人ではないので、事実と異なっていることがあるカモ知れないし、分析も間違っている恐れもあるだろう。
こういった点を差し引いても、この本は、一読に値すると思う。否、本人ではかけないことの方が多いような気がする。他人の「口」を活用しないと、できない仕事もあるという意味で。
一般的に、政治家に関する「評論家」の著作は、下らないものが多い(『自民党戦国史』など例外はあるし、政治家の自伝でも、中曽根康弘氏の著作などは、鼻につく部分もあるが、レベルは高い)。田中長野県知事にインタビューした際も、こういった著作は全部読んだが、ハッキリ言って一冊も役に立つものはなかった。むしろ、最近出た「批判もの」の方が、遙かに面白いものだった。
●前置きが長くなったが、『自治と分権』で片山知事のインタビューを掲載したことがあるので、鳥取県の行財政の特徴や、知事に関する「一応」の知識はもっているつもりだったが、この本の著者は、若いにもかかわらず、大した分析力を持っていると感心した。取材も緻密である。本人とこの著作との関係について知りたいとも思った。
政治家モノの本で、面白いと思った本が、実は本人から「1回しか取材をしたことがなく、しかも、その内容について許せない」と直接聞いた経験もあるからだ(この本は1回の取材などということはあり得ないが)。
鳥取県の片山知事は、自民党に擁立されて当選をしたわけであるが、当初から「根回し」をしないという政治姿勢で話題になっていた。その『やり方』が「改革の技法」ということだろう。中部ダムや砂丘博物館、美術館などの公共事業の見直し、中止などの手法も、今回、初めて知ったことがある。
その「予期せざる」(予期した?)結果、議会の改革という点でも、議員提案の条例数などで、他府県の上を行くようになっている。三重県、宮城県などの「先進」県にひけをとらない数である。
情報公開が「要」になっていることも、共通している。
●『自治と分権』のインタビューの前の調査で、概要は知っていたことではあるが、鳥取西部地震の際の、住宅再建支援についても、この本で、初めて中央省庁の「具体的妨害」を知った(インタビューでも、個人名はあげずに、苦労の内容は語って頂いたのだが)。鳥取西部地震では、300万円の支援金を「被災前と同じ市町村内に再建する」という条件だけで、所得や全壊・半壊等の条件を付けなかった。自治省(当時)をはじめとする中央省庁との論争は、個人資産を形成する支援は、不平等であり、憲法違反であるという「攻撃」との論争であった(この点は、知事から直接伺った)。
結果として、震災を契機にして住み慣れた自治体から去った人がいなかったと述べられており、「まず、住宅再建が必要」という判断が正しかったことが裏付けられたということである。
BSE問題をめぐる記述では、HPにおける知事の見解に唸った記憶が蘇った。自治体に一部負担を強制しようとする国に対し、「飼料に関する権限と責任はすべて国が持っていて、失敗の責任は国がすべて負うべきである」という正論を読んだ時は、知識の正確さと舌鋒の鋭さに拍手したものである。
この問題も、その前後の状況がフォローされており、感心した。厚労省は、30ヶ月以上に検査を限定することを主張したのに対し、全頭検査を主張して一歩もしりぞかなった。
「しかし、これほど厚労省が阻止しようとした全頭検査は、結局全国規模で実施された。消費者の不安が極度に高まり、『なぜ全頭検査ではないのか』という世論の圧力に抵抗しきれなくなったためだ。生産者保護に目を奪われて問題の本質を見誤り、後手後手の対応を繰り返す政府の姿を象徴していた。」と総括されている。
現在、この全頭検査がアメリカの圧力で危なくなっているわけであるが、この全頭検査は、消費者だけではなく、生産者の利益も守っている点も重要であろう。従って、上記の「生産者保護」という文言は「生産者の目先の利益保護」というのがより本質に近いだろう。その位、大きな貢献であったと思う。
●片山知事は、自治省の課長から退職して知事になったわけであるが、自治省における仕事についても、初めて知ったことがある。
94年に固定資産税の課税標準を評価額の7割まで引き上げる法改正があり、既にバブルが崩壊して地価が低下する中での「税額引き上げ」であると、全国で不服審査請求が2万件以上出た。
この後始末を、片山氏が課長として行ったことは知らなかった。実は、上記の問題では、私はパンフレットまで作成してその不当性を追及する側にいたのである。
片山知事が行った後始末は、実は「敵ながらあっぱれ」と当時も言われたものである。地価が低下しても、税金が上がる仕組みは、評価額が地価に比して低く、しかも全国的にバラバラであったものを7割に統一しようとしたことから発生しており、地価が低下しても「税額が上がる」という「不思議」かつ「あこぎ」な増税路線であった。
これを7割に統一するという「先輩の引いた路線」に恥じをかかせることなく、逆転現象がでないように工夫したものであった。しかも、3年に一度の見直しではなく、毎年地価が下がれば、税額も下がるようにした。
私は、これまで地方税のことも、一応は勉強してきたが、自治省の役人の「現場知らず」には、何回も驚かされた経験を持っている。しかし、この時は、片山知事の引いた路線で、基本的に全国の国民の「怒り」は収拾されたと言ってもよいだろう。
●最後にするが、鳥取県の予算編成はヒアリングの時に、査定会議を傍聴させて頂き、「たまげた」経験を持っている。三重県のように、財政課と人事課を廃止して、庁内分権化を行う自治体のやり方も否定できないし、岩手県のように、財政課の権限を分権化し、予算調製課は、各課の自主的な予算編成をサポートする方向も、面白い試みであると思う。
鳥取県の方式は、各部局の事前の中央省庁との折衝をやめさせ、また各部局の「シーリング」という前例踏襲を廃止して、ノーシーリングで重点予算を決める方式である。分権方式では、このノーリーリングで予算を編成する方式は難しいように思う。財政課に対する、各方面からの圧力の排除や、住民要求を積極的に掌握する行政サイドの姿勢がなければ、実現しない方式であろう。
実は、片山知事が行った、職員給与の平均5%カット(02年から)に関して、当時、私は読売新聞の取材に応じてコメントし、現地版の新聞に記事が出た。職員給与のカットは、労使による慎重な交渉の上に立って行われる必要があることや、県の人事委員会の勧告をどう見るかなど(今日の地域給与導入に連なる問題などについても)一通りの見解を述べておいた。
しかし、感心したのは、この給与カットの財源を雇用保障に回すという知事の発想であった。これでは、組合も正面切って反対できないし、その後は、全国の多くの組合が「カットした財源は、住民の福祉に使用せよ」という主張をするようになった。
以上、書評にもならず、個人的な印象記のようなものになったが、『<改革>の技術』は一読に値するものだと再度強調しておきたい。読む人によって、様々な角度から、その「技術」を移転できるように思うからである。

