2006年08月17日(木)
小泉靖国参拝と世論=世論の掴み方考
①小泉首相が念願の8月15日に靖国神社を参拝したことに関し、マスコミの「反応」や世論の動向が変化してきている。様々な要因があると思われるが、ある意味で私が予想をしていたことでもある。
そこで、まず事実関係から見ておこう。読売新聞は、『論座』2月号における渡辺恒雄氏の発言にあるように、首相の靖国参拝を批判し(憲法の方は一貫して「改憲」であるが)、日本の戦争が侵略戦争であったことを認めると同時に、いわゆる「靖国史観」についても批判を展開していた。
その読売新聞の世論調査の推移を見ると、今年の8月9日の調査では「小泉首相が2001年の自民党総裁選で公約していた終戦記念日の8月15日に靖国神社を参拝することへの賛否でも、「反対」が計49%で、「賛成」の計43%を上回っており、首相の靖国参拝に慎重な意見が広がりを見せている。」また、この調査では次期首相の参拝についても「反対」が計50%、「賛成」が計40%という結果になっていた。つまり、新旧首相に慎重な対応を求める世論が賛成の世論を明らかに上回っていた。
朝日新聞の調査は、読売よりも前の7月25日であるが、「次の首相の靖国神社参拝の賛否を尋ねたところ、反対が60%を占め、賛成の20%を大きく上回った。今年1月の調査では反対46%、賛成28%で、今回、反対が大幅に増えた。小泉首相が9月末までの任期中に参拝することについても反対が57%にのぼり、賛成29%のほぼ2倍だった。」としている。
②この二つの調査以外にも、色々とあるが、上記調査は日経新聞が7月20日付けで公表した「天皇がA級戦犯合祀に不快感を示した」という報道の後であり、また、5月には経済同友会を始め財界サイドからも靖国参拝自重論が出ていたことなどが、参拝反対の世論を強める契機になっていたように思う。
一方、「政府が、小泉首相の8月15日の靖国神社参拝に向け、ひそかに世論調査を2度にわたって実施するなど、入念な準備を進めていたことが15日、明らかになった。」その内容は、「世論調査は、調査会社などに委託する形で実施されたもので、質問は「首相が8月15日に靖国神社に参拝することをどう思うか」という1項目だった。結果は、賛成がわずかに反対を上回ったという。」(7月段階)
その後、7月20日の日経のスクープ以降再調査し、「8月初旬にまとまった再調査結果では、反対が賛成を大きく上回ったという。」
首相の15日参拝の決断は、この状況からどの程度「巻き返し」が出来たかという到達点を踏まえて行われた公算が大きい。テレビへの首相の露出過多や、賛成・反対に別れてのテレビ討論などが活発に行われていた。
③さて、こういう状況であったが、いざ15日に参拝が行われて見ると、意外なことにヤフーの投票などはかなり大きく「賛成」(首相の参拝は問題なし)がリードしていたのである。どういう状況変化があったのか、これは「世論を掴む」という視点からかなり重要な問題であり、ポスト小泉の行方をも占うものである。
参拝後の読売新聞の世論調査では、以下のようになっていた。
*****************引用********************
首相の参拝を「支持する」は「どちらかといえば」を合わせて53%、「支持しない」は計39%だった。
それぞれの理由を聞いたところ、支持する人では「首相が戦没者を慰霊、追悼するのは当然」が35%で最も多く、「不戦の誓いになる」31%、「中国や韓国の反発でやめるのはおかしい」25%が続いた。
支持しない人では、「中国や韓国との関係が悪化」41%、「A級戦犯が合祀(ごうし)されている」27%、「政教分離の原則に反する」16%の順だった。
小泉首相は今回の参拝について、<1>中国、韓国の反発で中止するのはおかしい<2>A級戦犯ではなく、戦没者の追悼が目的<3>政教分離を定めた憲法20条違反ではなく、「心の問題」――と説明した。これについて、「納得できる」は計59%で、「納得できない」計35%を上回った。
中国、韓国が首相の靖国参拝に強く抗議していることについて、「納得できる」は計33%、「納得できない」が計57%だった。
しかし、中国や韓国との関係悪化を「心配」する人が計54%と過半数を占め、「心配していない」は計41%だった。中国、韓国の反発には違和感があるが、関係悪化を懸念する国民の姿がうかがえた。
一方、次の首相の靖国参拝については、「賛成」が計43%、「反対」が計39%だった。
***************引用終わり*****************
この調査の結果やその「根拠」についてみると、見事に靖国問題をめぐる議論の「すりかえ」、別の言葉でいうと「反対論の弱点」が露呈しているのである。
賛成の方は、靖国神社が「どういう主張をしているのか」という靖国史観の問題などはすっ飛んでしまい、ひたすら「純粋な戦没者の慰霊」「不戦の誓い」などが肯定されている。反対の方は、マスコミが誘導していた「中国や韓国との関係の悪化」というそれなりに重要ではあるが、靖国問題の「本質」=最も重要な問題とも言えない論点が「中心」に祭り上げられていたことが分かる。
小泉首相のアジテーションも、結局、この弱点を突き「他国の問題ではなく日本の問題であり、戦没者を慰霊し、不戦の誓いを行うことのどこが悪いか」「心の問題」というものであった。これは、反対論の弱点を踏まえつつ、かなり効果的な宣伝でもあったと思われる。
また、A級戦犯合祀については、「国内法では犯罪者ではない」というような戦後処理の一面的な理解を宣伝していたように思う。テレビなどでも、これは散々主張されていた。
他国に言われる問題ではないという主張も、かなり受け入れられ、「内政干渉論」が肯定されるまで深まったかどうは別にして、感情的反発はかなり大きくなったと思われる。
各党の声明などを見ると、共産党が靖国史観の問題を正面から取り上げ、侵略戦争美化が靖国史観であり、A級戦犯合祀はその一環として捉え、これを肯定するのが小泉参拝の本質であると喝破していたことを別にすると、社民党などは「政教分離の原則に反する」という憲法論が中心であった。これではイデオロギー闘争にならない(主張が間違っているというわけではないが、焦点がずれているのである)。
④8月15日が近づくにつれ、マスコミは腰が引けてきた。事後の社説では日経の社説がその状況をよく示している。日経新聞も天皇の「A級戦犯合祀不快論」をタイミングよく発表したように、参拝反対の世論の拡大を狙ったことは明確であったが、次第に腰が引け、問題を小泉首相の参拝よりも次期首相の身のこなしの問題にすり替えていった。
16日の社説では「小泉純一郎首相が8月15日に靖国神社を参拝した。退任間際の参拝であり、その影響は限定的と見られるが、無謀な戦争を引き起こして日本を国家破滅の瀬戸際まで追い込んだ戦争指導者を合祀する靖国神社への首相参拝は内外の理解を得るのが難しい。この問題をこれ以上政治問題化、外交問題化させないようにすることが次期首相に課せられた責任である」と述べている。
社説の表題は「ひとりよがりの小泉首相靖国参拝」であるから、羊頭狗肉の内容である。
もっとも、腰が引けたのはマスコミだけではなく、靖国参拝を公然と批判した経済同友会も、会長の北城氏が見解発表後、小泉氏に謝ったという報道もされている。
⑤このように、マスコミや財界も戦前の水準とさして変わらないことが示されたのであるが、日経の社説を注意深く読むと、第一に、退任前の参拝なので影響は限定されると勝手に決めているし、第二に、次期首相におすがりして、これ以上の中韓との関係悪化による国益の損失を食い止めるという姿勢になっているのである。そして、当の靖国問題と言えば、「天皇や首相がわだかまりなく靖国神社を参拝できる環境整備に努めるのが政治家の責任である」などと見当違いのミスリードを行っているのである。
石原慎太郎氏が述べていたが、A級戦犯にはそれなりの責任が有ることは事実であるが、A級戦犯だけに責任があるわけではない(これは正論であろう)。天皇の発言メモにしても、いつの間にか天皇の戦争責任などは消し飛んでしまって、自分が被害者に転換しているのである。天皇と占領軍=GHQの関係は微妙であり、どちらがどの程度相手を利用したのか、相対的な議論になる。
⑥以上のようなマスコミ等の「体たらく」と反対派の議論の弱点をよく検討して、「世論を掴む」方向を追求する必要がある。
祖先の崇拝であるとか、素朴に戦没者を慰霊することと靖国神社が結合してきた歴史は、結構悩ましいものがある。靖国神社に「好きにやらせる」、つまり一宗教団体として「囲い込む」ことと、その政治主張が靖国史観としての侵略戦争美化であるという「議論」を遮断する、戦術・戦略が必要なのである。
ここで反対派は失敗をしている。「こころの問題」という議論も同じである。小泉は政権公約として参拝したのであり、これは政治行為であるという点を曖昧にしてはならなかった。
更に、他国から言われてどうこうするのは駄目という、ある種のナショナリズムとの結合にも反対派は適切に対応できていなかった。マスコミの責任も大きい。中国や韓国の反対が靖国問題の本質であるかのような報道を垂れ流し、ある種の過激な抗議行動などをテレビ画面で長時間流していた。
⑦小泉首相は、たとえブッシュ大統領が反対しても参拝した(但し、そんな野暮なことは言わないだろうけどと念押ししていた)と述べていた。これなどは全くの「ウソ」である。
小泉氏は、入念にアメリカの世論動向を見ていたハズである。アメリカには様々な意見があり、狭隘なナショナリズムの議論から、ルーズベルトが真珠湾攻撃を非難した同じ議会の場所で、靖国参拝をおこなった小泉に演説させることはできないというような、議会サイドの議論もあった。
同時に、アメリカの対中国政策は、親中国派の後退にみられるように、言いなりになる必要はない、という議論が拡大していたことも事実である。この対中政策はかなり長期にわたって揺れ動いてきた経過を持っているので、単純ではなく、一部の勢力は日本より中国を重視すべきというようなものもある。
アメリカ政府としての最終的な見解はブッシュが述べたように、平たく言えば、好ましくはないけれど、中国等に言われてやめる必要はない、というものであった。
アーミテージの議論もこれに近い。彼は靖国史観については、これを批判しつつ(議会の見解と近い)、同時に中国がらみでは「靖国問題は日中間の他の諸問題の症候だと思う。小泉首相の靖国参拝は日中関係を難しくした理由や原因ではない。ブッシュ大統領の「日中関係は単なる神社への参拝よりずっと複雑だ」という言明のとおりだ。中国は靖国を日本への圧力に使っているため、日本がもしこれまでに靖国で譲歩をしたとしても、必ずまた別の難題を持ち出し、非難の口実にしただろう。現に小泉首相は前回の参拝は平服にして、公人ではなく私人であることを強調したが、中国側はその譲歩を全く認めなかった。」と述べている。(Sankei Web 2006/07/20 )
また、最後には「米国は日中関係に対しては決して中立者ではない。日本は同盟国であり、中国はそうではないからだ。だから米国は靖国の論議の段階では中立を保つかもしれないが、日本が本当に小突き回されれば、日本を支援する。」とまで述べている。そして、ある意味「付け足し」で遊就館の問題について述べているのである。
全体として東北アジアをめぐる政治的力関係=パワーポリティクスの議論の延長で日中問題、米中問題を捉え、日米同盟の枠内での解決を求めているのである。
ただ、アメリカの世論も、かつて日米自動車摩擦の際に、バイアメリカン運動が起き、日本車の焼き討ちを行ったような、ナショナリズムへの傾斜の可能性もあるし、中国をよりパートナーとして市場原理の中で活用したいという野望もあるだろう。
従って、そういった諸々の議論がある事を念頭において、最後はブッシュの「このましくはないが、反対されてやめる必要はない」という判断に、小泉は従った(あくまでポチである)と考えられるのである。同時に、これがアメリカ政府の見解であった。
⑧ある意味で靖国問題は、日本人の心の襞に食い込み、それをふまえた解決をめざす必要があると思われる。教条的な批判や、憲法論だけの議論では、決して解決できない問題だと思う。
議論が次期首相の問題になっていることは、本来はおかしいのであるが、それはそれとして我々は対応をして行く必要がある。財界がやめて欲しいと思っているのは事実であり(アメリカは参拝した場合、日本の経済界との利害は微妙であるが、得するケースも少なくない)、安倍晋三氏は、これまで争点化しない=意思表明しない(沈黙路線)をとっている。この政治的「意味」をよく解明し、どこを「突破」することが情勢の打開に結びつくのか、緻密な議論が必要になっている。

