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 2005年03月23日(水)

道州制と地域開発①

今回は、道州制の「現段階」について、簡単に論点を整理しておきたい。
道州制を巡る情勢の「特徴」として何点か指摘することができる。

 第一に、「反対勢力」が殆どなくなっていることがあげられる。前回の総選挙のマニフェストでは、自民・民主ともに「道州制」を掲げていた。これは、政治的には非常に重い事実であろう。
 第二に、従前の「道州制」が、開発主義でありまた「官治的」な道州制(公選首長の否定や自治の発展に否定的な議論)であったのに比して、今回は首長公選(場合によっては、議員からの選出も選択肢になっているが)や地方分権という「大義」を持っている。
 第三に、都道府県の役割に対する「確信」が、知事を含めて大きく揺らいでおり、知事の中で明確に道州制を否定する論陣をはるものがいないことが指摘できる。

 このように、道州制をめぐる状況は、大きく変化しており「道州制だから駄目」というような議論が通用しなくなっている。

 そこで、もう少し具体の状況について見ておきたい。全国知事会に「道州制研究会」が設置をされているが(任意)、これに25名の知事が参加をしている。石原知事などは参加していないので、実際に「道州制」やその「亜流」を主張する知事の数は更に多い。
 また、全国の都道府県において、道州制を導入する方向での提言がかなりの数出ていることも特徴であろう。 

 これは、いくつかのパターンに分かれるが、概略以下の通りであろう。
1)道州制特区ー北海道
 これは、構造改革「特区」に引っかけて、北海道が主張したのもを小泉内閣が取り上げたものである。北海道や沖縄は地域的には変化しないで道州となることが今までの区割りからは想定されるので、先行的に道州に移行しやすいのではないか、という発想であろう。
 しかし、これは、恐らく、そう簡単には行かないと思われる。北海道の「道」から道州の「道」に変化するためには、国からどの程度の権限・事務の移譲が必要かという議論が行われてきたが、率直にいって、北海道にある国の地方支分部局の大半を「道」に移管せよという北海道の提言は、国と大きな摩擦を生じることになろう。懇談会の議事録をみても、現在の懇談会では「越権行為」になるとして、具体の議論に踏み込める状況ではないようである。国土交通省の「抵抗」はもちろんのこと、国の省庁をあげての「抵抗」になるだろう。
 また、国の「抵抗」といったレベルだけではなく、市町村との関係では、高橋知事は、道の事務事業の少なくとも半分は市町村に移譲すると述べている。これが多いか少ないかは議論の分かれる所であろうが、合併も進行しない状況の下で、権限・事務移譲と言っても「説得力」がない、というのが大方の見方であろう(正しいか否かは別にして)。
 こういったことから、案外、北海道は駄目だろうという議論が多いのが実情である。沖縄なども、正規の組織で議論するのを避けて、北海道の「成りゆき」をみつつ、任意の職員有志による研究会などを設置をして、様子眺めの状況である。

2)北東北広域連携の動向
 北東北三県は、広域連携から始まって「三県合体」→「東北州」という構図を描いて、議論を進めている。当面は、観光や海外の派出所の共同設置、共通の産廃条例の制定など「できるところ」から連携を強めているのが現段階であるが、構想としては「合体」(これは合併ではなく、合併+国からの権限の委譲)から「道州制」という方向である。これは、地方制度調査会などの議論にも影響し、一斉の制度化より「できたところから道州に移行する」という議論に結実してきている。
 青森、秋田、盛岡という三県の「核」を中心として、その周りに農業の特区やハイテクの産業立地を形成し、中国の東北地方との協働や競争を想定するものとなっている。秋田港や八戸港を中国、太平洋に拓かれた拠点港とし、三陸縦断道や新幹線によって、ヒト・モノの交流を進める。中心地と農業地域という棲み分けがどのように展開されるのか、それを巡る全国的・国際的な条件はどうか、といった点が問題になる。
 現段階では、色々と問題もあるが、「道州制」をめざす流れとしては、一番「近い」所にあると思われる。

3)東京や大阪のグローバル大都市戦略
 東京は首都圏広域連合構想や、メガロポリス構想を持っているし、大阪は「市」はスーパー政令都市、「府」は「大阪新都市機構」(市町村を含めた道州レベルの新都市、同時に、広域法人を設置して分野ごとに事務を担当する(民営化)路線である)、また関西分権改革研究会(財界団体と2府7県、3政令の参加)は「分権改革における関西のあり方」を発表し、広域連合をベースにした国からの権限の委譲を要求している。
 東京、大阪はグローバル都市として、国際競争力を持っており、このメリットを最大限に生かすためには、道州あるいはそのレベルの首都圏、大阪圏としての「一体的」な「自治体」にして行くという主張になる。
 国際的にみても、東京圏の人口(埼玉、千葉、神奈川)は3300万人であり、大都市圏として世界最大である。ここにITから金融、対企業サービス業などの本社・拠点を集積し、世界から資本を吸引できるグローバル大都市を形成する方向である。
 石原都知事などは、その「野望」を隠そうとはせず、公共事業などでも、IT・金融・サービス業が世界的な競争力を持つために、公共投資も惜しまないという姿勢になっている(横田基地の官民両用方式の追求なども含め)。この「あおり」で、ある意味で日本の自治体で一番手厚かった「福祉」を本格的に切り捨てはじめている。つまり、「都市構造のグローバル化」を至上命題とした福祉切り捨て、自立自助路線である。

4)総合的に目配りの「愛知:分権時代の県の在り方検討委員会報告」
 愛知の提言は、比較的バランスが取れている。トヨタ自動車を中心とした景気牽引の中心に位置するという「自信」が背景にあるのだろうが、「補完性の原理」の理解などは「お粗末」の一語である。この間の国の地方制度調査会や分権推進会議などで述べられてきた「ヨーロッパ地方自治憲章」(それ自体には「補完性の原理」と言う用語はないが)の議論が「自治体レベル」の話しであることもわきまえず、「自分でやれないことは家族」「家族でやれないことはコミュニティ」「コミュニティでやれないことは自治体」(以下つづく)などと個人レベルの話しに「還元」をしている。これは、全く誤った・恣意的な理解である。
 しかし、内容そのものは大変に面白い。特に、池上岳彦氏の手によるものと思われるが、道州の区分けをして行くと、現在の鳥取と東京の税収格差35倍が、6倍にまで縮まるという提言は、興味を引かれるところである。
 3000自治体の財政調整は「至難」であるが、10程度の自治体の財政調整、それも格差が数倍ともなれば、可能性が見えてくるという点で、「現実味」を帯びる(梶原前全国知事会長も道州における財政調整の容易さを指摘していたことが想起される)。実際には、そうは言っても、どういう手法で調整するのかは、結構難しい。また、東京という「首都」をどう扱うのかによっては、格差はさらに低くなる。逆にいえば、東京をどう扱うかの議論なしに、格差を論じても、あまり意味がないということにもなろう。

5)現代「国盗り物語」方式ー広島、岡山、山口、島根など・・・
 広島県の「道州制」提言については、ブログで取り上げた。大変に実践的なものであり、特に、県と市町村との役割分担の議論のレベルには感心をした。かなり議論が煮詰まっていると感じた次第である。しかし、全体のフレームは広島が中国地方のみで「道州」のプラン(山口も同様)、岡山は重心が西にいかないように、四国も含めた中国・四国州の構想であり、中心は「岡山」としたい提言である。広島では、本当は山陰などは除いて、瀬戸内地方だけで、道州にすると競争力も違ってくるのだが、という議論も聞かれた。どのような提言でもそうであるが、「足元」をみられるような内容では、実現にはほど遠いであろう。
 そういう状況で、私としてはこれを「国盗り物語」として位置づけている。ご当地ソングで道州が形成されれば、苦労もないのであろうが、実際の「綱引き」はそう簡単ではないだろう。

 大ざっぱではあるが、全国の現状の一端を紹介した。
その他に、財界各団体から出ている提言や地方制度調査会の議論が絡んで行くことになる。郵政民営化のテンポと関連すると思われるが、道州制問題自体は制度改正がどうなるかは別にして、構造改革の進行にとって、かなり重要な問題ではある。

 次回はもう少し、現状を整理して、国土開発、都市と農村の関係などを切り口にして、話しを進めたい。