2007年03月30日(金)
日本経団連「道州制の導入に向けた第1次提言」を嗤う
●日本経団連が「道州制の導入にむけた第1次提言-究極の構造改革を目指して-」(07年3月28日)を公表した。財界「大旦那」の出番とあって、大いに期待して読んだが、読後の感想は「???」であった。それは、資料を含めて「わずか」17頁という貧弱・貧相さだけではなく、言い古された内容と迫力のなさ、安易な発想、タダひたすら「財界のための国際競争力ありき」という姿勢が、透けて見えてしまうからなのかも知れない。
日本の「大番頭」として、もう少し、説得力のある「論陣」をはってもらいたかったと、やや拍子抜けした気持ちでこれを書いている。
さて、「第1次提言」とあるように、当然「第2次」(最終)があるわけだが、
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・国、道州、基礎自治体それぞれの位置づけ、役割と権限
・中央省庁の再編
・道州間の財政調整のあり方
・道州制導入による経済波及効果の推計
・首都の位置づけ、大都市制度のあり方
・相対的に経済活性化が遅れている地域の取扱い
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といった「もっとも重要かつ議論が困難」な問題が殆ど全て「先送り」されており、要するに「機運」を盛り上げるために今回の「第1次提言」がだされたのかも知れない。
しかし、そうはいっても、なかなか「侮れない」部分もある。その辺を中心にして、感想を述べ「備忘録」としておきたい。
●提言は、これまでの「地方分権」(三位一体改革など)の評価や課題の分析の最後に「過疎化や高齢化の進行は、税収の減少と社会保障支出の増大を通じて、地方財政をさらに悪化させるおそれが強い。
他方、地方交付税交付金や補助金などを通じて地方財政に関与してきた国も、財政収支の悪化により、財政調整能力が著しく低下している。三位一体改革を経てもなお残るこうした課題を整理し、国と地方の関係にかかわる課題の解決に向けた手立てを講じることが急がれるが、道州制の導入は、それらを根本から解決に導く大きな可能性を秘めた改革であるといえよう。」と述べている。
平たく言って、提言の副題にあるように「究極の構造改革」として位置づけられているわけである。
「道州制導入の意義・目的」としては、「統治機構の見直しを通じた政策立案・遂行能力の向上」などをのべているが、要するに言い古された「地方分権」のタームである。曰く「もはや、全国画一的な政策のもとでは新たな活力は生まれず、これからは、多様性を容認しつつ、地域の自立のもとで新たな付加価値を生み出すことが必要である。一定の規模を有する広域的な地域がそれぞれの特徴、個性を踏まえ、独自性を発揮し、競争を通じて活力を高め、真に自立した地域となる努力を行う。 そのために、内政上の政策にかかわる企画・立案や意思決定、関連事務・事業について、国から地方公共団体へと権限を移すこと、すなわち統治機構を根本から見直すことが、『希望の国、日本』をつくり出す基礎をなすものであると確信する。」
財界が「地域に独自性」を求めるのは自由であろうが、その前に「規制緩和」や「補助金」などによって、もっとも手厚く国からサポートを受けてきたのが、他ならぬ経団連傘下の大企業である点をホッカムリしてもらっては困るというものである。しかも、地域だけには「独自性」を要求しつつ、オノレは「成果主義賃金」とか「業績主義賃金」「能力主義賃金」などと、どこを見ても「金太郎飴」そのもので、なんの「独自性」も感じられない。そもそも、財界の中で意見が一致して「提言」などを出すこと自体が「気持ちが悪い」(笑い)。
政府の分権改革推進会議でも「少数意見」くらいは公表していたが、この程度のことは、「日本の将来のために」にして欲しいと思う(爆。
●お義理に「地域における行政サービスの質的向上」などの項目も立てているようだが、「民間でできることは民間に」の理念に基づき、国・地方を通じて官の役割を必要最小限にとどめるとともに、国と道州、基礎自治体、さらには地域コミュニティとの間で、新しい時代にふさわしい適切な役割分担を実現する必要がある。」というように、新しい役割分担によって「自分のことは自分で」ということに帰結する。
道州制は、提言を見る限り地方自治体のように見えるが、道州制間の競争や国際競争に打ち勝つことも道州の「役割」となっている。こうなると、地方自治体というより「国家分権」というか「連邦国家」をイメージしないと無理があるが、地域の過疎化や少子高齢化などの課題を道州やより拡大された市町村に「おしつけ」、国家のほうは、外交とか国防などに専念するという。
こういった「囲い込まれた」自治体は道州であろうと、市町村であろうと、国のことに口出しできない構造になる。まちづくりや、住民生活でも例えば「米軍基地」問題などは重要な争点になるが、これは地方の選挙の争点には馴染まないということになろう。あくまで「身近」な、「些末」なことをやって、上手く生き残り「国際競争」にも勝ち残れる地方が出てくれば「それはそれで儲けもの」と言った気楽な発想が見てとれる。敗北すれば「自己責任」ということだろう。
●「道州制の導入によってかたちづくられる新しい国の姿」についても、古くさい。「個性ある地域づくりと分散型国土・経済構造の形成による国際競争力向上」だそうだ。こんなことは、今時分、どんな田舎の政治家でも口にする(田舎を差別しているわけではないので、誤解のないように)。
これで、国は金も出さずに「長年の懸念となっている東京一極集中も是正の方向に向かおう」というノー天気である。なんで、市場原理に任せて「東京への一極集中」が是正されるのか理解に苦しむところである。そして、これに続けて「道州制の導入は、こうした状況を結果として是正していくことになるが、これは国際都市・東京の競争力を殺ぐことを目的とするものでは決してない。国際都市・東京は今後も、わが国全体の競争力強化の拠点として、整備していくことが必要である」と述べている。
地方の独自性というのであれば、東京が「国際都市」を選択しようがしまいが、また競争力の拠点として「整備」しようがしまいが、住民の自由ということになるハズであるが、どういうわけか、ここだけには「整備して行くことが必要である」と、なにか国が金も口も出しそうな雰囲気である(笑い。
こんな「回りくどい」ことを言うなら、東京の石原都知事のように「オリンピックを誘致」など、ハッキリと「国際都市」に結びつけるインフラ整備の必要性を述べたらよいと思うのだが、どうもそういうワザも欠けているようである。東京には「肩入れ」して、地方には「個性」や「独自性」の名の下に自立を求めつつ「地域間の経済格差が是正されることも期待される」と述べるに到っては、噴飯ものだろう。
●住民生活の方には、国や道州の力をできるだけ投入せずに(これが「補完性の原理」として説明されている)、地域コミュニティまで動員して自立自助でやれ!ということになる。言われなくても、日本の国民は自立自助でやるほかないのが実態なのだが・・・
そして、要するに「国・地方を通じた行財政改革の実現」が道州制の大目的になる。究極の構造改革であり、都道府県「つぶし」(と言っても、現在の都道府県知事の大半は道州制賛成であり、私はこれを自虐路線と言っている)による、財政大合理化である。市町村合併などの「比」ではない、財政の合理化に結実することは、確実であろう。
そこで、道州なり市町村なりに「競わせて」おいて、「企業もまた、各道州の努力や独自性を踏まえて、本社や工場等の立地および事業戦略を選択することができるようになる。」と述べている。
私は、日本や地域を捨てて、海外に出て行く企業(もちろん、出て行ってもよいが、地域にはそれだけの落とし前をつけてから行けということである)について、「ドンドン、出て行けばよい。二度と帰ってくるな」と言っているのであるが(笑い)、こういう棄民・棄地域路線というのは、賞味期限の切れたお菓子を誤魔化して売っているような企業より、何百倍(笑い)も罪が重いと思っている。
住民が福祉の充実した自治体を「選択」して、移住するのは当然であるが、企業が税の安い地域や優遇策を用意している自治体に移住するなど「100年早い」。なにか、相当に勘違いしているようである。
●最後は「道州制導入に向けての道筋」ということになるが、なんと「政府によるイニシアティブ」が一番先に来る。エバッていたガキ大将が、突然「お母ちゃんに泣きつく」ような真似は見苦しい限りである(笑い。
1960年代の学生運動ですら「カルチェラタン闘争」とか「解放区」とかを目指して「奮闘?」した位であるから、日本の番頭だったら、勝手に解放区でも作ったらどうなのか。
自らは、宣伝やシンポなどで「機運」を高めるというような「レベル」で、政府主導を求める姿は痛々しい(笑い)が、結局、政府と「談合」でやろうというわけであろう。
その昔、佐藤栄作元総理は、青島幸男に「財界の男めかけ」と言われて色をなしたが、いまの財界には、こういった「矜持」もないのだろうか(爆。
経済同友会は、小泉首相の靖国参拝に対して意見を述べたが(もちろん、自分たちが進出している東アジアで割を食ったら「ソン」という打算が中心で、結局、小泉首相に「政治に商売を持ち込むな」と一喝されて腰砕けになったが)、日本経団連の方は、最初から腰が引けていた。
そして、道州制への取組は「責任分担型の社会を目指した国民の意識改革」だそうである。
どうも、「ホワイトカラー・エグゼンプション」とか、労働者を労働時間に関係なく「ただ」で働かそうというような組織は、考えることがひと味違うものである(笑い。
昔、「小さな親切運動」というのがあったが、私は「小さな親切、大きなお世話」と評価していた。今回は、ただの「大きなお世話」である。
●というわけで、道州制の話からかなり「逸れて」しまったが、私が悪いのではなく、日本経団連の提言の方が悪いのである。もう少し、シッカリと研究して、国民に「それらしい」説明をした方がよいと老婆心ながら思ってしまう。
なんとか国民意識を変えたいがために、最後に「道州制憲章7ヶ条(試案)」というスローガンが載っている。これを、皆さんで味わってほしい。
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一、 国に依存せず、地域の個性を活かし、それを磨きあげる心が、日本全体に
活力をもたらす。
一、地域の自立は、そこに住まう住民の発意と熱意によって実現される。
一、日本に、そして世界に誇れる街づくり・地域づくりを進める。そのため、
住民全員が努力し、各々の責任を果たす。
一、地域を愛し、地域のために尽くす人材は、地域の宝である。
一、一人ひとりが、生涯を通して地域に根ざし、はつらつと生活し、学び、働
ける地域をつくりあげる。
一、多様なチャレンジの機会にあふれ、全ての人々が切磋琢磨する社会をつく
る。また弱者には手が差し伸べられる。
一、家庭を基本的単位とし、住民が相互に支えあう地域をつくりあげる。
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なにか、現代版「ほしがりません勝つまでは」という感じ(爆)ですが・・・センス古いですね~。
電通とか使った方がよいかと思ってしまいますが・・・
我々の方も「シッカリ」と、地方自治のありようについて、考える必要があるということだけは、「提言」を読みつつ、「ひしひし」と感じた次第です。


