2006年06月16日(金)

山崎重孝「『平成の合併』の節目を迎えて」を読む

●山崎氏の上記論文が『地方自治』6月号に掲載されていたので、これに関する感想を記すことにする。なお、この一文は、「自治メルマガ047号」に掲載したものとほぼ同様のものであることをお断りしておきたい。


① 官僚による平成大合併の「総括」として読む。
 
 『地方自治』6月号に、上記論文が掲載されたが、山崎氏は総務省のキャリア官僚として、平成の市町村合併に最も関与された一人であろう。そういう意味から、今回の氏の論文は、個人の論文であるとはいえ、総務省やキャリア官僚が、今回の合併劇をどのように「評価」し、また、どのような問題を見いだしているのかについて、非常に参考になるものである。
 氏の論文では、これまで、西尾メモに関わる「基礎自治体」のあり方などに関するものも注目されてきた経緯もある。以下、論点を絞って氏の合併論について考察をして行きたい。

 山崎氏の「平成の合併」の経過についての整理も、非常に参考になるが、長くなるので割愛するが、一点だけふれておきたい。
 それは、地方分権が標榜されるようになった1990年代の初期における「合併推進」は、形式的なものにとどまり、実際に大きく動いて来たのは、475本の法律を改正する「地方分権一括法」の成立が「政策ツール」の準備期間となり、その後の2000年の「行政改革大綱」と与党の「市町村合併後の自治体数=1000」という政策スタンスの明確化によって、合併推進に大きく舵を切ったからであるという部分である。そして、この政治的前提の上で、地方制度調査会の「西尾メモ」がインパクトとなって、総務省の「体制」強化と相まって、市町村が合併にむけて「真剣」な議論を進めることになったとされている。平成の合併を考える上で、大変に重要な指摘である。

 論文の性格上、財界などの「提言」について全て省略されているが(この辺が学術論文として読む際には限界になるわけであるが)、事態の推移としては私が観察してきた流れと大きく変わらないと思われる。

②平成の合併の現状をどうみるか?

 山崎氏は、平成11年に3232あった市町村が、平成18年4月時点で、1820となったなり、61.7%に当たる1995の市町村が合併を経験したこと、人口の平均が36000人(数字は丸め)から65000人超になったこと、面積は117平方キロから204平方キロに拡大されたことなどを示し、「市町村合併は相当進展したことが改めて認識できる」としている。
 一つの焦点であった人口一万人未満の自治体が1537から503に減少したことも、指摘されている。

 私も、この「評価」はまず間違ってはいないと思っている。目標の1000自治体に達しなかったことをもって、「不成功」と評価したり、合併の途中で破談したケースの存在などを針小棒大に論じることは適切ではないだろう。

 山崎氏の総括の「優れている点」は、こういった評価にとどまらず、都道府県ごとに、見た場合の「アンバランス」を正確に指摘していることである。
 即ち、広島、愛媛、長崎など全県にわたり市町村の再編と評価できる合併が推進された県がある一方(このメルマガでも、広島県が「村」を県の条例から削除したことなどについて論評したことがある)、北海道、長野(これに福島を加えるべきかもしれないが)など、小さな自治体が「広範」に残った県があるという問題が指摘されている。
 また、後にもふれるが、大都市部の面積狭小の自治体のあり方論議が不十分だったと述べている点も注目される。

 私は、平成合併を評価する場合、市町村数がどうなったかという面だけではなく、山崎氏が合併の契機として正確に位置づけていた「行政改革」、即ち、行政の民営化やアウトソーシングなど、「小さな政府」「行政の民間化」という方向もビルトインして評価する必要性について、これまでも述べてきた。
 また、平成合併の背景について、巷間言われるように、日本資本主義のグローバル化と地域間競争、行政の市場化という複合的なものがあることを強調してきた。

 この立場から見ると、平成の合併は、農村問題(つまり非効率的な小さな自治体が、これまでの都市から農村への財源の二次的再分配の継続を主張しているとか、自民党政治からの農村部での離脱を引き締め直す「本質」を持つなどの議論)として見るのは適切ではなく、政令市や中核市をめざした都市部での合併も、その本質的な内容を形成しており、これに注目しない合併総括は不十分であることも論じてきた。

 山崎氏は、こういったことを「百も承知」の上で省略しているのだと推察されるが(この辺が出来の悪い学者との相違かもしれない)、この点を除けば、私との評価の差は、ごく「僅か」と言ってもよいだろう。

③平成の合併の「意義」をどう見いだしているか。

 山崎氏は、平成合併のコンセプトが曖昧であるという巷間よくある批判に対し、「第一次地方分権改革に伴う必然的なものであった」と述べている。これは、今日の「分権改革」を考える上でも、極めて重要な意見である。つまり、今日的な文脈の中で「分権改革」を推進していけば、「必然的」に市町村の再編(場合によっては合併以外の広域化も政策選択としてあり得たかもしれないが)が行われるという認識が示されているわけである。これが意義の第一である。
 
 第二は、少子高齢化、人口減少の中で、これまでの国、地方の財政のあり方を「維持可能なもの」として存続できない状況になっており、これを前提にして、市町村が効率化の努力を行う方向での「国民的共感」が形成されたことをあげている。
 これも意味深長である。自助努力や「自由と責任」などが自然に受け入れられるような世論状況になってきたという意味である。日本人が構造改革を受容する姿勢の基底にある「自己責任」論が、一世を風靡したということである。

 第三は、日常生活圏域の拡大であり、第四は行政改革である。これは、第二の方向が規定の事実になる中で「必然化」されるもので、コロラリーであろう。

④それで今後はどうなるか。

 氏が指摘するのは、一つは合併が進まなかった地域の問題である。合併しなくても良いけれど、シッカリと将来展望を持って「駄目だった」などと口走ってはならないと釘を刺している。その気があれば幾らでも「お手伝い」するということである。
 第二は、色々な経過からやる気はあったものの、合併が破談してしまって地域についてのアドバイス(まあ、好きにやって欲しい)である。第三は、合併した後の市町村運営の円滑化である。これは、合併の評価につながるものであるから、総務省としては当然の位置づけになろう。
 そして、最後が「大都市圏における市町村合併」となっている。

 この最後の課題は、非常に重要な問題である。竹中総務相の諮問機関である「地方分権21世紀ビジョン懇談会」において、名古屋市のような経済活動も財政も豊かなはずの政令市までが、地方交付税を貰っているのは「おかしい」という議論があり、かなり大々的に報道されたことがある。
 農村から都市部への財源の逆転が、構造改革の「本質」であると批判してきた向きには(確かにそういう面は存在するのであるが)、この意見はどのように映ったであろうか。都市優遇というのは、財政面では相対的な問題であり、社会資本投下の優先度の問題である。石原都政などでは、積極的な新自由主義的な公共投資政策が行われつつあるが、ここで重要なことは、国からの財政移転は、都市部においても縮小が志向されることであり、行政の民間化=市場化によって、民間の「儲け」口が拡大されることである。

 従って、今後の財政再建や縮小という政策スタンスを前提にすると、都市部の自治体の合併への政策誘導(交付税の縮小や補助金の縮小なども選択肢になりうる)が重要になってくる。都市部への優遇という批判だけでは、こういった構造改革における金融=財政政策を正確に批判できないわけである。

 私は、少子化や高齢化対応における都市部の「遅れ」をどのように克服するのかという問題が、21世紀前半の日本の大きな政策課題であると考えている。それを含め、オルタナティブな政策が必要な時期になっているわけである。

 恐らく、全国市長会などの「イケイケ」路線は見直しを迫られるであろう。
農村部と都市部が、福祉の拡充や、高齢化社会に向けた真摯な政策交流を行う必要に迫られるだろう。

⑤まとめ

 山崎論文は、市町村合併を総括する上で避けて通れない論文だと思われる。
その視点は、キャリア官僚的なバイアスがかかっているが、その点を除けば、論点は出揃っていると見て良いだろう。大きくなった自治体を「地域自治組織」の形成で「経営規模は大きく、参加の単位は身近に」ということを実現することがやりようによっては可能であると述べている点などは、どこまで「本心」か分からないが、そういった道具立てが揃っていることにむしろ警戒心をもつ必要がある。山崎氏にあっても、自分たちが10万人規模の「効率的な自治体」として、都市部のNPM先進自治体を合併後の「模範」としてきたような経過もあるので、この都市部の面積狭小な自治体の「合併促進」の理論だては、かなり難しいであろう。現時点で「理念なき」合併への「理屈」の付与が問題にされているわけである。

 しかし、今日の構造改革や強くてスリムな国家を下支えする、自治体像を描く場合、都市自治体の再編はさけて通れない課題であると認識されているわけで、我々の政策、運動の対抗もそれを見据える必要があろう(終わり)。